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世話になった人から、医者から抗癌剤治療はもうできないといわれてねと連絡を受けた。
少しでも身体に入るものをと9月の末から甘酒を造っては届けていた。
昨日も持って行こうと思っていて仕込んで置いたのだが、都合がつかず行きそこなっていたのを教室の後に持って行った。
ご本人の話を聞くに、残る奥さんが困らないようにと今は人生をどうたたむか、その段取りで手一杯というところにみえる。
医者から言われた年内一杯と言う言葉に追い立てられているようにも感じられた。
一日、一秒でも生き延びて癌を参らせてやろうというところには立てていないようだ。
自分はもう死ぬんだ、それまでにあれもしなくてはこれも片付けておかなくてはと死ぬ準備をしているのだ。
現実的な判断だとは思うが、なんとか身体を整えて病気と共存してやるというような意志は持っていないのかもしれない。
どう励まし、生きてもらうか。
もっともっと生き続けるための会話をしたい。
いまの営業所に移ってたまたま出会って1年半、こんなにはやい別れはにわかに受け入れがたい。

今日の練習 2
9:20~12:00 教室
ろう膝拗歩解説 振り子の足 手の挙げ方 振り子がかったコンパス
盤手
慢架 
盤手
先生の解説では、振り子の足は長い風船(街頭でいろいろなものを作ったりするあれ)が一度地べたに引っかかり、フッとひっかかりが外れたときのように…。
伸ばす腕は、空気の抜けかけたこれまた風船に空気が入っていって…。
今日は風船の喩えが多い。で、分かり易かった。
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まだ暗いなか、月の輝きが冴える。
夜と朝、同じ月に見守られながら拳を打つ。
なかなかしゃれているではないか。満月大好き。

朝の気温がどれくらいになっているのか、試みに外に出てみた。
本当はぎんなん広いが目的(笑)
日ごろ練習時間の確保がしにくい、早朝しかないと頭では分かっていても、なかなか実行できないでいる。
一つは一分でも寝ていたい。もう一つはすでに寒い。
それを押して、一日で一番寒い5時台の練習は鉄の意志がなければできない。
休日だからできることかな。

今日の練習
5:21~6:21 公園
慢架 1回
ろう膝拗歩・倒でん猴
単鞭・雲手
野馬分鬃・玉女穿梭
いつものパターンになりつつあるが、最近はとくに野馬分鬃の<水><火>の動作が気になっている。
気に入っているとも言える。
うまくできているわけではなく、これで良いのかと自問自答しながらやっているのだが、ブツブツに途切れずに動ける部分が出てきたのだ。
それがけっこう気持ちいい。
マニアックな喜びだと自分でも思う。

練習の終わり、月は西の空に沈んだ。

ああ、朝から剣呑。
階下で父親と母親の苛立った声。
妄想、思い込み、徘徊。
見事に三拍子そろってしまった。
認知症は手強い。
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11:30頃、父親につきあって、本日二度目の散歩に出ると、公園で太極拳の練習をしているY氏の姿。
陳式かと見受けるが、ろう膝拗歩と倒でん猴らしい動きの反復のみなので、はっきりとはわからない。(分かる人には分かるのだろうが、何しろ不勉強なので)
套路を始めから見ればなんとかわかると思うが、なかなかその機会がない。
10時くらいから練習を始めて、套路はすでに終わらせているのだろう。
またの機会を楽しみにしよう。

今日の練習1
15:00~30 公園(公孫樹の木の下)
反復練習
 ろう膝拗歩・倒でん猴
 野馬分鬃→玉女穿梭→手揮琵琶→上歩攬雀尾→単鞭→雲手

とくに「ろう膝拗歩」と「倒でん猴」では……重々しくない、緊張の抜けた、ほや~っとした、力みのない、ふら~っと、眠そうな、などなどどう形容すれば良いのか分からないが、そんな<土><金>と<木><月>の動きをもとめている。
求めているがさらば与えられんとはいかない。

今日の練習2
20:59~21:36 公園
慢架 1回
ろう膝拗歩・倒でん猴
昼間の練習でもそうだったが、反復の時はろう膝拗歩の振り子の足が、ちょっとだけだができた。(気がした)
本当に、ただ前に足がフラッと出ていく。
倒でん猴では、まだそうはいかないが。

空に満月が輝いていた。美しかった。
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前回同様、午前中かかってしまった。
下処理の仕方を変えてみたが、若干余計に時間がかかったことになる。
ぎんなんの量も少し多かったので、まあトントンかも。

それにしても、休日の時間は立つのが早い。
午後も何をしたというでもなく過ぎていく。
ああ、ギンナンを天日干ししたり、父を散歩に連れ出したり、細々としたことに費やしているか。
自分のペースでしたことは時間の刻みもはっきりしているのだが、人に合わせて動いたことはただいつの間にか過ぎていった時間という感じがする。

公園のいつもの場所で「サッカー少年たち」が楽しんでいるので、ぎんなんを恵んでくれる公孫樹の木の下で練習。
地べたがいくらか傾斜しているためか、ちょっとやりにくかった。

今日の練習
17:49~18:35 公園
慢架 1回
単鞭・雲手
ろう膝拗歩・倒でん猴

倒でん猴の足を下げる動きと前に出す手とのタイミングが今一つはっきりしない。
今までは、足の下がるのと、手を前に出すのとを同時にしていたのだが、先生の動きは少しずらしているように見えた。
攬雀尾から単鞭にはいるときの動きはそれなりにやっているつもりだが、右手を鈎手にするときにスルッと左足を下げるというそのタイミングがわからない。
わかっちゃいるけど安定して「スルッと」ができている気がしない。
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プロジェクトが一つ完了。
結果は芳しくなかったが、今の段階での我々の到達点として「謙虚」に受け止めるべきだろう。
なにはともあれ、いくばくかの開放感。

今日の練習
21:30~22:18 公園
慢架 1回
野馬分鬃・玉女穿梭
単鞭・雲手
ろう膝拗歩・倒でん猴
なにがどうというのでもないが、これでいいのかと漠然と感じてしまう。
質問して納得、スッキリして練習。
それがしばらくすると、なんだかすっきり感がなくなって全体がぼやけてくる。
ここも、あそこもと綻びが気になってくる。
そして、自分の理解と定着の悪さにばつの悪さを感じながら、また先生に質問をする。
このごろ、この繰り返しのようだ。