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先週末からちらほらと蕾が伸びてきているのを見かけていて、さあ、いつ咲くかと楽しみにしていたが、今朝の出勤経路でずいぶんたくさん花開いているのを見つけた。

DSCF8900.jpg


曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも言うこの花には、遠い日の鮮烈な記憶がある。
目に焼き付いている光景には日射しと草いきれのにおいもいっしょに綴じ込まれている。
j自分にとっては特別な花だ。

今日の練習
20:35~21:18 公園
慢架 1回
予備勢からろう膝拗歩
そこからろう膝拗歩と倒でん猴

雲の動きが速い。風も吹く。
開始早々鼻水がたれてくる。
そして少し頭痛がする。
練習をしているうちに鼻水は止まったが、軽い頭痛は続いている。
流石に太極拳も万能薬ではない。
いやいや、速効性を期待してはいけないし、そういうものではない。

そんなこともあり、練習はいまひとつだった。
とにかく、骨盤をまっずぐということがいかにできていないかが身に染みる。
腰椎から動くというのも、今までは何となく「こんな感じかな」とやってきたが、それも骨盤からの動きになっていたのを感じ取れていなかったように思えてくる。
できてないじゃ~ん、あ~あ。
この道はたいへん平坦で進むのが難しい。
矛盾をはらんだ言い方だがそんな気がしている。
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久しぶりに教室を休む。
父親の介護や家の手直しなど、あれこれと家族で話し合いをもつ必要があり自る分のための時間はとれなかった。
これも致し方ないことだ。

風もほどよく吹き、空気もからりとして過ごしやすい日だった。
ただ、日射しは強く、まともに照らされるときつい。
ふと窓に目をやると網戸の向こうに一匹の蚊がろうろしている。

今日の練習
18:08~19:00 公園
慢架 1回
予備式から始め、50式高探馬まで
ろう膝拗歩・倒でん猴(反復)

ろう膝拗歩で<金>の動きをするとき、本当に力を抜いてそのまま前に崩れると言う感覚でやるのがけっこう楽しい。
楽しいと言うより、独特のアンバランスさがそわそわするようなちょっとした快感として受け取られているようだ。
自分のことなんだけど「ようだ」としか言えない。
なんとも微妙なのだ。

雲手の<水>の感覚が今ひとつ。
いっときはちょっとよくなってきたように思えたのだが、このところどうもよろしくない。骨盤を固定して、腰椎から上は頸椎までひとまとまりに、自然に動かしたいのだが、なんかダメだ。
折り目正しく動けていない。曖昧に適当になってしまう。
もちろん気を抜いているわけでも手を抜いているつもりもさらさらない。
がしかし現に動けている気がしない。
野馬分鬃の<水・火>しかりだ。
まあ、たいそう難しいことに挑んでいるのだから、簡単にできないのはしかたないと明めて辛抱づよく取り組むだけだ。
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使っている眼鏡が合わなくなって久しい。 
もはや限界と、かかりつけの眼科へ。
久方ぶりの定期検査(全然定期じゃねえよ!と自ら突っ込む)と言うことで9時に飛び込んだらすでに5人先客が。
会計を済ませて出たのがほぼ12時。
丁寧で評判は高いのだが、時間がかかる。とにかく時間がかかる。
老眼の度合いがずいぶん進んでいるので眼鏡の作り直しとなった。
当然だろう。
それとは別に、もう少し検査が必要と言われてしまった。

今日の練習
20:39~21:39 公園
慢架 1回
斜ろう膝拗歩から合太極まで
(野馬分鬃・玉女穿梭の<水><火>の動きを中心に)
ろう膝拗歩・倒でん猴
目下、野馬分鬃が最大の難所になってきた。
これは本当に難しい。何度も言っているが難しい。
でも、きちんと動ければものすごくいい感じになりそうな予感。
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心身の乱れ収まり、ようよう拳を打つ状態になれり
情けない話だが、認知症の父親に振り回され、ここ2,3日調子を乱した。
人間なんて弱いものだ。
ちょっとしたことで呆気なくバランスを崩してしまう。
そうして改めて見えてくるのは、相手の態度・物言いにいちいち引っかかりやすい自分というもの。
疲れていなければまだしも、疲れがたまっているとじつに狭量になってしまう。
修行が足りない。

それでも夜空に浮かぶ月は美しい。
虫の音も何とも言われぬ情緒を醸す。

今日の練習
22:35~23:20 公園
慢架 1回
下勢から上歩七星→合太極まで
ろう膝拗歩・倒でん猴
時刻は遅くなったが、それなりに気分はよかった。
ただ、片脚立ちでバランスを崩すことが多かった。
二日練習しないとてきめんに現れる。
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「道徳」を「特別の教科」とわけの分からない位置に祭り上げ、教員がどういう基準かわからないが生徒を評価する。
それも高校入試に関わってくるようになれば、どんなことになるか推して知るべし。

小学生に英語を必修で教える。
第二言語の習得は、言語学的な知見に基づいて、小学生のキャパシティを考えて教えるべきで、昨今の「育てられていない」子供たちに対しては、先ずは母語の教育をこそ徹底しなければならない。
もっと豊かな日本語の正しい使い手に育てることが、その国を本当に大切にすることだと心底思うのだ。
今の体勢で、教える側の小学校教員に何の保障もしないまま導入すれば、最後には子供たちが被害者になる。断固反対だ。

それにしても、この国が本当に心配だ。
これからこの国で生きていかなくてはならない子供たちに、顔向けのできないことだけはしてはいけない。
この頃、特にそう思う。

今日の練習
20:59~21:44 公園
慢架 1回
ろう膝拗歩・倒でん猴
二日練習をしないとなんだか遠くに来てしまったような妙な感覚になる。
毎日心静かに練習できる環境を整えることから太極拳の道は始まるのだろう。
弯弓射虎はもう少し細かく注意点を聴いてきっちりと動きたい。
繰り返してこその部分もあるとは思うのだが、基本的な動きが覚束ないのはいけない。

父親の調子がまた荒れ模様。
昨日も今まで喜んで通っていたデイサービスで悶着を起こした。
そのことがくすぶっていて今日一日不機嫌。
夕方近くになり、ようやくそれなりに人心地ついたようだ。
認知症…難しい病気だ。まだまだ慣れることができないでいる。