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駅のホームから摂った富士山
fu10.jpg

なんとなく、気持ちが引き締まる。
不思議な力を秘めた山だ。

今日の練習1
9:20~12:00 教室
慢架 
盤手
修正 倒でん猴 <月>から<木>への動き
  骨盤を突き出さずに(前に残った足で地面を蹴らない:押し出さない)
   股関節を緩め後ろの脚に乗っていく
   なお、骨盤横の手は掌を下に向けたまま挙げる。
   肘は体側につけ、手首の力を抜いて緩める。
慢架の動きは、手の置き場所やわずかな角度、膝の位置などほんのわずかな違いでその質が変わる気がする。
人の身体というのはそういうものかもしれない。
脳からの指令で身体が動くのではなく、身体全体、あるいは各部のつながりや拘束もあるのだろう。
むしろ、脳みそ以外の部分の連携のほうが、効果的なのかもしれない。
バカ社長の指示よりも、現場の判断の法が的確で正しいと言うことは往々にしてあることだ。
 
今日の練習2
15:07~34 室内
八門五歩
母が父を連れて買い物に出ているあいだの留守に、室内でできるのはこれだ。

あれこれを片付けた後、シン・ゴジラを見る。
ゴジラの尻尾の先端にあった、あれは……?
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今日の練習2
22:27~23:11 公園
慢架 1回
反復 ろう膝拗歩・倒でん猴
套路をしていても眠くなった。
たぶん、一週間の疲れが残っているのだろう。
単鞭・雲手はやはり苦手だ。
腰椎の動きが大きい、重心の移動が非常に難しい。
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というのは冗談だが、冗談でなくなりそうな昨今である。

父の相手をしながらコインランドリーへ行ったり足を伸ばして散歩したりと、今日は一日自分の時間を全面的に提供している。
平日自分の時間が取れず、家事も思うようにこなせない母の時間確保のためだ。
それにしても、ますます分からなくなってきた。
感情の抑制が利かず、でも保身のための知恵ははたらく。
穏やかなときと荒れ模様の時が日替わりだったのに、もう、時間単位で変わるようだ。
また、食への執着が強くなったように感じる。
こうなったら、一喜一憂せず、これからどうなっていくのか、じっくり見ていこう。

そんななか、隙間を縫うように公園へ
今日の練習 1
11:45~12:10 公園(公孫樹の木の下で)
八門五歩 風で落ちるぎんなんを拾いながらのんびりと

この一時だけが、日常から開放される時間。
週1回の教室も本当に貴重だ。
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一週間が終わった。
本当に疲れた。
よくぞと思うほど仕事がたてこんでいた。
加えて、昨日の父親がたいそう悪かった。
父親の症状は速いペースで進んでいる。
自宅で対応できるのも、あとわずかかもしれない。

今日の練習
17:38~18:15 屋外
慢架 1回
途中、何度か立ち止まってしまった。
眠かったのか、ふと気付くと違う動きをしていたりもした。
このところあまりなかったことだ。
二日も間が空くと、とりあえず動いているというレベルになってしまい、細かいところを吟味しにくくなる。
やはり毎日練習をすることが一番大切なのだ。
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斜めに見下ろすような月はだいぶ半月に近づいている。
しずかな夜の空に似つかわしい。

今日の練習
23:04~47 公園
慢架 1回
ろう膝拗歩・倒でん猴
右足首の古傷が日常的に疼くようになってきた。
この一月ほどだろうか。
外科的な治療の限界を何とか超えたくて生活に武術を取り入れているのだ。
なんとしてもこの足首を治す。