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『写真は小さな声である』
水俣を撮り続け、チッソの五井工場での暴行がもとで命を縮め1975年に亡くなった写真家ユージン・スミスの番組を見た。
もう30年も前だろうか、品川で『○○の水俣展』とか言うタイトルでの催しがあり、友人を見に行った。
たぶん一人で行ったのではなかったと思う。
そのなかの「智子とその母」という一枚が、鮮烈に記憶に残った。
初めて、人の姿を美しいと思った。
モノクロの、漁村で生きてきた逞しくすらある肩をした母親が胎児性水俣病を患い細くこわばった娘の身体を湯船の中で抱いているその写真は、見ていて胸が締め付けられる思いがした。
そして美しいと思った。
あの時に見た写真の数々がテレビの画面に映し出されていた。
終わってなどいない。
あの写真の娘さんが65歳になった今も、転倒して怪我をしないようにヘッドギアをつけて生活している。
忘れてなるものか。
石牟礼道子の『苦海浄土(くがいじょうど)』の仕事もしっかりと読まねば。
この国の、戦前から続くこの国の恥部を見すえねば。

今日の練習
21:24~22:19 公園
太極刀 3回
慢架 1回
刀はとにかく堅くならずに動こうと。
慢架は十零を始めから終わりまで意識してやった。
バランスを失って後ろによろけてしまうことが数度あった。
力を抜く、重くならない、前傾、などなど。
このところ酷かった足の痛みはいくぶん和らいだ。
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高めでよい

雨上がり

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