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正しくできないなら、大きくする必要はない。
一番大切な要求を守ること、それができなければほかの要求を形だけ満たしても意味はない。
 
むしろ、最も基本的な守るべきことを守れなければ、10年やろうと20年打ち込もうと何も得られない。
ということを具体的に習う。

肩と骨盤を常に正面に向ける。
そのときに注意すべきポイント 前に出した手 後ろにある脚


それにしても、先日の練習で、前に出した脚や腕にひっぱられるように自分の骨盤が左右に捻れていることに気づいたが、それとふごうするような今日の話。
ときどきこういうことが起こるのだ。
シンクロニシティ?いやいや、べつのことばがあった。
鳥の雛とおや撮りとが同じタイミングで卵の内と外からからをつつくというあれだ。

それはそれとして、とてもおいしい今日の教えでありました。

今日の練習 1
9:00~12:00 教室
八門五歩
講義 
慢架 
個別に套路の修正
推手

慢架が周囲よりもだいぶ速くなってしまった。前なら、自分の動きを極端に遅くするか、少し止まって待つことをしていたのだが、練習のはじめに先生が「少し速いペースでやるけれど、それは止まらないためです。」と言っておられたのでその言にしたがい構わず自分のペースで続けた。
それはそれでいいのだ。
それにしても、久しぶりに気持ちよく心地よくできた。
昨日今日、そして明日と3連休で、気持ちにもゆとりがあるせいだろうか?

今日の練習 2
17:37~18:47 公園
慢架 2回
教室で学んだことを思い返しながら、道教的に一番練習をするのに良い時刻〈6時と18時〉に近いところでやってみた。
そのせいかどうか知らないが、すこぶる穏やかにできた。
また、無理のない歩幅や動きの大きさ(小ささ?)、正しい位置を意識していたためか、常に身体全体に注意が回るというか一点だけにムキになるのではない動きができた気がする。

正しい動きはからだに馴染むのが速い。そして定着しやすい。
なんだかワクワクしてくる。
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やはり朝夕がよいようで

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