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思えば、2002年に体調を崩し、そこからの回復過程で身体と言葉、そして心への関心をますます強めていき、まずは身体へのアプローチとして2003年から太極拳、そしてその8月に甲野善紀さんからのご縁で馬貴派八卦掌にであった。

自分にとって、やはりこの中国武術は特別なものだった。
思い入れも、思い出も格別だ。特にはじめの一年間くらいは無邪気にと言うか純粋にというか、子どものように楽しくて仕方なかった。李先生の教室(講習会)の雰囲気も大好きだったし、講習会までの間の一人練習も楽しかった。

この武術のおかげで、どれほど励まされ、また勇気づけられたことだろう。
だから、今でも馬貴派八卦掌は憧れの武術だし、またいつか機会があったら学んでみたいと思っている。

だが、もうじき一年になる右足首の手術とその後の回復をみつにつけ、走圏を基本とする馬貴派八卦掌を続けることは残念ながら諦めざるを得ない。
掌友会の退会は会に所属しての練習を諦めた結果だし、個人の練習としても、この素朴で力強い流派は今の自分の身体には無理があると感じる。

だから、当面の間の練習でも、馬貴派八卦掌は封印する。
気がつけば、つい牛舌掌の形を作ってしまう癖も何とかなおそうとおもう。
八卦の動きの癖を一度身体から抜いて、丁寧に身体を整え直そうと思うのだ。

このブログのタイトルも替え時だろうか。

それでも今日の練習
22:03~43 室内
丹田功
肩ほぐし

千代の富士が亡くなった。
61歳、若い。

考えてみたら、手塚治虫も60歳で亡くなっている。
本当に若かったんだなと思う。
当時は自分も20代、60歳の手塚先生はそれなりのお年、何よりも風格があったので若いとは感じなかった。
もちろん、当時も元気だった田川水泡や横山隆一などと比べれば、そりゃあ「手塚先生、早過ぎますよ」とは思ったが、50代にになった自分から見ると、60代なんて手の届く距離だ。
あ、だから若いと感じるんだ。ようは自分に近い年は実感として若いなあと思うわけだ。なるほど。

それはともかく、千代の富士も10代の後半にはいった自分にとって、わくわくされてくれるヒーローの一人だったことは間違いない。
その死は、悼むにあまりある。
とても残念だ。もう少し長生きして欲しかったなあ。

それとは違う意味で、都知事選の結果もとても残念だ。
任期途中で知事がやめたときは、次点の候補者に引き受けてもらうってことで十分だと思うのだが。
慎太郎に始まり、猪瀬、桝添とくだらない首のすげ替えに、すでに100億円も使っているなんてくだらなすぎる。

このさい、都知事が任期中に辞めたら、繰り上げ当選というかたちで次点候補者が、前任者の任期までの新知事になるってことで税金の無駄遣いをやめて欲しい。小池の首に60億の価値があろうはずがないのだ。

そうすれば、桝添の次は宇都宮健児ですぐにきまり、なにしろ過去二回の立候補で計200万近い都民の信託を得てきているのだから。。。。今さらどうのと言っても、妄想に過ぎないのだが、、、、
いや、次点者繰り上げ案、いいと思うのだけどなあ。

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1996年8月4日 20年前の今日、渥美清は亡くなった

42年

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