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2014年12月10日を忌まわしい記憶として胸に刻むときが来るかもしれない。

1941年12月8日は大きな間違いの始まりだった。
それから73年、この国は格差と閉塞感にさいなまれ続ける者と、格差の上に我が身を誇る者とに大きく分かれ、しかも歴然たる力の格差ももはや動かしがたいところまでいくだろう。

『特定秘密保護法』
個人情報保護法が、隠したい者をたくさん持っている者をさらにベールの奥に隠したように、国家が不都合な真実を闇に葬るための便利な道具が縛めを解かれた。

自分の目の黒いうちにこんな世の中になっていくとは思っていなかったが、考が甘かった。

石垣りんは昭和26年にすでに作品の中で予見していた。


『雪崩のとき』

人は
その時が来たのだ、という

雪崩がおこるのは
雪崩の季節がきたため と。

武装を捨てた頃の
あの永世の誓いや心の平静
世界の国々の権力や争いをそとにした
つつましい民族の冬ごもりは
色々な不自由があっても
また良いものであった。

平和
永遠の平和
平和一色の銀世界
そうだ、平和という言葉が
この狭くなった日本の国土に
粉雪のように舞い
どっさり降り積もっていた。

 <中略>

降り積もった雪の下には
もうちいさく 野心や、いつわりや
欲望の芽がかくされていて
“すべてがそうなってきたのだから
仕方がない”というひとつの言葉が
遠い嶺のあたりでころげ出すと
もう他の雪をさそって
しかたがない、しかたがない
しかたがない
と、落ちてくる。

ああ、あの雪崩、
あの言葉の
だんだん勢いづき
次第に拡がってくるのが
それが近づいてくるのが

私にはきこえる
私にはきこえる。
(1951.1)

詩人のアンテナのなんと感度の高いことか。
凡人の感度のなんと鈍いことか。

自分の子供たちに、「何で戦争が起こるのを止められなかったの?」と問われたときに、自分はなんと答えるのだろう。

「しかたがなかった」ですむのか?


今日の練習
22:15~50
丹田功
腰回し
大起式
肩ほぐし

今できることは、練功と14日の投票。
蟷螂の斧、焼け石に水?
でも、ハチドリの一滴(ひとしずく)でもある。
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あっという間に年の末

ちょっと後退?

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