0 comments
0 trackbacks

ふだんやらないことをした。

この六年間、勤務先にほど近い多磨霊園にある祖父母の墓参りに一度も行っていなかったので、両親と連れだってでかける。
法事では訪れているが、日ごろはなかなか足を伸ばせないでいた。

石屋によってから、野川沿いを少し歩き、職場近くの小金井神社に立ち寄って帰ってきた。
あやうく、今日も職場に行ってしまうところだった。いやはや。

それから、これまた久しぶりにコーヒー豆を買ってきて、淹れて飲んだ。
たったこれだけのことができなかったのだ。


とくにこの半年は、激動の時代だったので、土日も出勤と言うことが多く(というか、どちらかは必ず出ていた)、疲れ切っていた。
こうして出掛けるのも久しぶりだ。

本来ならこういう時間が当たり前のことなのだが、異常な状態が半年も続くと、まともな、普通のことが、なんだか特別のことのように感じてしまう。



ちなみに、昨日もやはり土曜出勤。
求職中の職員がひとり復帰するので、簡単な打ち合わせや、情報交換などをするためだ。

そしたら何と、この半年苦楽を共にしてきた同僚が自転車で転んで腰を打ったとかで、よろよろしながらやってきた。

幸い大事ないそうだが、注意力が落ちるのは疲れが蓄積している証拠。
気をつけてほしい。

もう、タイムリミットだ。
この半年間、助け合ってやってきたが、もうなにもしてやれない。
本当に心残りだ。無念きわまる。


 

今日の練習
22:20~55 室内
腰割り
股関節ほぐし
大起式(八十八式)
丹田功
スワイショウ

久しぶりに出歩いたせいかわからないが、ちょっと変な感じがした。
ここで調子を崩したくないので、身体を整えようと少し時間を取った。

それにしても、5300年前の「アイスマン」の身体に施された入れ墨が、彼の腰痛治療のための印だったとは驚いた。
もっとも、入れ墨のあった14,5箇所が、なんとなく経絡とにかよっていたので、そうじゃないかとは思ったのだが、ヨーロッパでその時期に鍼治療の体系が整っていたというのはおもしろい。
しかも、アイスマンは腰椎のすべり症を煩っていた痕跡もあり、入れ墨が鍼灸のツボのなかでも、腰痛に効果のある場所だったというのはすごい。

人間なんて、5千年経っても変わらないことをしているものだと思う一方で、逆に今を基準に今を「完成された」というか「発展してきた頂点」のように考えることの思い上がりを感じずにはいられない。

むしろ、ここ1000年くらい、どちらかというと退化してきているのではないだろうか。
人は愚かになりつつある。想像力を失い、感受性を鈍らせ…。

さて、寝よう。
スポンサーサイト

ちょうど6年前

一区切り

comment iconコメント ( 0 )

コメントの投稿






trackback iconトラックバック ( 0 )

Trackback URL:

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)