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会場へ向かうみちすじは、奇しくも高校時代のバスルート。
しかし、車がようやくすれちがう程度の道幅は、歩道もいれれば25メートルはあろうかという、幹線道路になっていた。
懐かしいどかろか浦島太郎だ。  
来る9月19日に東京地裁で福島原発刑事訴訟の判決が出される。
そもそも、福島類子さんの話を始めに聞いたのは、これから訴訟を起こす、その訴訟団を組織展開するために講演会があってのこと立ったと記憶する。
2011年だったか、12年になっていたかは記憶が朧だが。
その場で集団訴訟の一員になっておけばよかったと、ちょい起きした自分がもどかしい。
武藤さんはその時と変わらない。
活動の原動力は怒り、憤りだと語った。
心底怒っている。
責任を取らない東電幹部にも、国にも、県にも、そして事故まで問題を自分のこととしてこなかった自分たちにも。
あの場では言わなかったが、東北の地で作った電力を使うだけ使ってきた東京の人間にも怒っているだろう。
その怒りは、悲しみは、憤りは受け止めねばならない。
今からでもこの訴訟の支援団に入会しようかと思う。

で、今日の練習
9:15~12:00 教室
膝についての話
陰陽24式
盤手
慢架
先生が今日の午後から岡山へ行かれるので、土曜教室が前倒しになったため午前のクラスに参加させてもらう。
おかげで、2時からの武藤さん講演会にも間に合った。
両方がいただけて運のよいことだ。
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気に入っているパン屋とコーヒー豆屋の看板とカードが、色使いや雰囲気、文字の書体も何となくにていると思ったら、同じデザイナーによるものだった。

アカリベーカリーの奥さんに「なんだか雰囲気がとてもよくにているんだよね」と『国立コーヒーロースター』(コーヒー豆屋)のカードを見せたら、なんでものロースターの奥さんがデザイナーで、『日々のパン アカリベーカリー』の仕事も、その方の手によるものだそうだ。
納得。
そして、素朴な店舗といい、商いの仕方と言い、共通するものがあるように感じる。
まるで、兄弟で店を出しているかのようだ。姉妹店といってもいいのかも。
楽しい。小商いの店がたくさんできるといいなあ。

で、今日の練習
21:44~22:29 公園
十三槍
慢架 1回
この間はどうしても動きが思い出しきれず、家で動画を見たら、、、ああ~これこれ、やっぱり抜け落ちてました。
今日はそこをきっちりといれて、でも全体的に足首に負担をかけないように軽く動いた。(つもり)
慢架はどうしても視線が受け渡せないところがあちこちに。
蚊にくわれながらも、つい頑張ってしまった。
がんばりは禁物なのに…。
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このところ、まったく触れていなかったが、とにかく忘れない程度にと白蝋棍を持って公園へ。
とりあえず動いてみたが、やはり抜け落ちてしまっている。
あれこれ思い出しながら練習していると、すぐに30分近く経ってしまった。

で、今日の練習
十三槍
慢架 1回

先日、教室で「視線の受け渡し」の重要さというか、それをしなければ意味がないということを言われたが、なんとなく分かる気がした。
なるほど、こういったことをどこで学ぶことができるだろうか。
いやできない。
反語:強調表現の一つ高校の漢文で学んだような…(笑)

冗談はともかく、漫然となく動くのではなく、内勁ができるための必須の条件として取り組まなければならないのだと言うことが納得できた。
実際に始めから終わりまで、できるところは全て視線を受け渡していくと自分の集中が違うように感じた。
いつもと同じ慢架なのだが、すこし早く終わったように感じ、しかし時計を見ると30分はかかっている。
いつも通りのペースなのだ。
こういうところに秘訣といわれるものが含まれているのだろう。
面白いものだとつくづく思う。
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まずまずの天気、気温も湿度もいささか楽だった。
教室に向かう武蔵野線ホームでの日射しはきつかったが。。。

今日の練習
9:15~12:00 教室
慢架についての講義
陰陽24式
慢架
盤手
 
攬雀尾でどうしても骨盤が正面を向かず斜めになってしまう点を相談。
それは、左足で蹴ってしまっているからだろうと指摘される。
一つの方法として、虚歩になったときに、まず先に腰椎を左に捻る。
そのまま緩んだまま前へでる。
出ながら、腰椎を右に捻る。(右掌は上を向き、親指を曲げない)
この間、視線はずっと右手中指。
腰椎は左右あわせて30度程度でよい。
大きく捻ると骨盤が引っ張られて斜めになってしまう。
それよりも、骨盤を正面に向けたまま動くという大原則を守る。

そのほかに、むやみに視線を動かさないことを厳しく確認された。
例えば、右手中指にあった視線を交差した左手中指に移していくというように、また、動きによっては手と手の間に置く、左右対称の動きの時は正面を(もちろん半眼で)みる。
下の方に回った手の先を見るときは、顔は正面だが半眼になった眼差しは手から離さないなどなど、個々の動きについてかなり詳細に話をして頂き、動きを見せていもらった。
師曰く「視線の受け渡しが途切れると、そこまでの内勁が飛んで(途切れて)しまう」のだそうだ。
これではいつまで経っても、進歩しないということだろう。
慢架とはそう言うものなのだ。

もうひとつ、ゆっくり動くことで、「骨格で動く(筋肉を極力使わない)」と言うパターンを脳に教え込むのだそうだ。
いままでも何度もこう言うことは言われてきたように思うが、今日はなによいかしらないが、先生の言葉が、すう~っと入ってきた。
!!!というような閃きやストンと腑に落ちる感覚で「分かった」のではなく、大事なことを言われている、これはとても大切なことだという感じだけだがしみ込んだようだ。

身体を変える(関節を緩め、骨格で動くことをたたき込み、なおかつ内勁を養う)という非日常的な営みには、日常的な思考や理解で向かうのではなく、ただ言われたようにやるだけなのだと思う。
時が満ちれば分かることはわかるようになる。
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天気が怪しい今日この頃。
蒸し暑すぎる、蚊が寄ってくるだろう、あれこれやる気を削ぐものが多い。
何より本当は面倒くさがりだし、グダグダしている怠惰な時間に後ろめたさと自虐的な快感が…。
なんか、怪しい。

今日の練習
21:21~22:05 公園
太極刀 2回
慢架 1回
攬雀尾がとても形が崩れやすいと感じた。
腰椎を左に捻りながら、虚歩から弓歩へ。
このときに後ろ脚の側に骨盤が引っ張られるのか、見事に骨盤が斜めになる。
進行方向へ真っ直ぐという形を保てない。
腰に棒でも結びつけて矯正しようかと思ってしまうほどだ。
やれやれ。
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今日の練習
22:01~34 公園
慢架 1回
気がつくと視線の方向が飛んでいる。
半眼、フラフラと踏ん張らず、伸ばすところは伸ばし、、、と思うものの、思うだけでできずにもがいている。
視線つまり、代替においては頸椎の向きに従い、それはさらに腰椎に従う。
だから、腰から動くことと力まずに頸椎に頭を乗せて動けば、ほぼほぼ基本に忠実な動きになるはずなのだが。

やっぱ、朝の練習に切り替えないとダメだ。
気持ちの入り方がいけない。
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コーヒー豆を買いに出た折、珍しくツクツクホウシの鳴く声を聞いた。
4~50年前までは、この地域一帯はアブラゼミとツクツクホウシに占められていて、ごく稀にヒグラシの声を聞く程度。
アブラゼミと違って細長い胴体と透明な羽のツクツクホウシは何となく華奢な印象があった。
いつの間にか聞かなくなり、ミンミンゼミに取って代わられた。

今日の練習
18:32~19:22 公園
太極刀 2回
慢架 1回  
倒でん猴から横斜飛勢~白鶴亮翅・ろう膝拗歩の繰り返し
(教室で修正を受けたことのおさらい)
昨日何となく思ったことがある。
ろう膝拗歩で顔の前に出した手は、手首を自分のほうに傾くくらいにしっかり 
曲げる(先生が曲げると言ったわけではなく自分の受け取った表現として)ようにと以前指導された。
その時は、図を書いて手首の角度は垂直よりもやや自分側に傾くくらいと言われたと思う。

で、その手首を「曲げる」だが=手の甲を自分側に近づける(引っ張る)ではなく、相手に向けた掌のすぐしたの(手首の)筋を伸ばすのではないかと。
手の甲の方に曲げるのではなく掌の方を伸ばす。
曲げると詰まる感じがするが、伸ばすと楽な感覚がある。
今日の公園で実際に動いてみるとやはり伸ばす感覚の方が気持ちいい。

あわせて、百会に糸が付いていてそこから上に引っ張られる感じで動こうとしてみた。
例の柳の枝のたわんだあたりからが百会、そこからしたは枝垂れた枝葉。
もっとも、一瞬ですらそう言う身体にはならないが…。
まあ、修行だ。修業か? 今の段階ではやはり修業かな。
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足首に負担をかけずに動きたいと、この頃特に思う。
踏ん張らず、足指で地面をつかむというような気張ったことをせず、どう動くか。
踵重心で脚の方向を変えるときなどどこに気をつけるかなど、気になりかけていた。
我々の太極拳は軽く動くことが重要だから、いずれそこに向かわなければならないのだが、自分の足首が気になるので、自分の実力よりも早い段階でこの課題に取り組まざるを得ないと言うべきか。
いやいや、呉式の基本だから、ずっと先生から言われてきていたことかも知れない。

今日の練習
9:15~12:00 教室
慢架について
慢架
陰陽24式
盤手

慢架を練るうえで大切なこととして「柳の枝のように」といわれた。
枝垂れ柳の枝は、端に行くほど軽く自由になる。
腕も手も、脚も足もそのようにということだ。
腕はまだいい。
実際に肩からぶら下がっているのだから。
(そうは言っても栁にならず、棒きれになっていたりするのだが)
問題は脚(足)だ。
足は地べたに接していて、物理的には一番重さがかかっていて、これが柳の枝や葉になるとはいかなることか。
イメージが湧かない。
しかも、練習で意念をかけることは戒められている。
易しいことではない。

単鞭から金鶏独立……倒でん猴、横斜飛勢へとみて頂いた上で細かい修正を入れて頂く。特に横斜飛勢では、骨盤の向きと腰椎の向きの明確な違い。
また、頭の角度や向きは腰椎に沿って斜めになど、気になっていたところがしっかりと指摘されてありがたい。

それにしても、今日は一日ダラダラごろごろと過ごしてしまった。
張り切ったのは太極拳の教室だけ。
昨晩寝苦しくて睡眠がぶつ切れになってしまったことも影響したかも知れない。
それとも、昨日、楽しく飲んだからかも知れない。
14,15,17と旧交を温めて飲んでばかりいたのでそろそろ飲み疲れが溜まったかも。
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朝、目が覚めた時点でじりじりと暑さが迫ってくる。
噛みつくような暑さになりそうで、うんざりした。
それでも、意を決して外に出ると、思いのほか過ごしやすかった。
日射しは強いが、空気は乾いているようで、木陰で風が通ると心地よさすら感じる。
軽くやろうと刀を持って公園へ。

今日の練習
9:33~10:55 公園
太極刀 2回
慢架 2回
太極刀 1回
視線、手首の角度、首。
1度目の慢架を終える頃に、自転車に乗って現れたのは、ときどき土曜日に見かける御仁。
40代くらいの細身の男性で、やはり、太極拳を練習しているのだが、どの流派だか判断できない。
套路はほとんどしないで、身体ほぐしや練功のようなことをくり返しておられる。
途中、どう見ても練功には見えず、もしかしてコンテンポラリーダンスが専門で、その質を変えたくて太極拳をたしなんでいるのかとも思ったのだが、そのうちにろう膝拗歩と倒でん猴で歩法の練習なども始められた。
流派を見分けるほどそれぞれを知っているわけではないし、かの御仁が套路を始めから通してやらないので(用心してる?)結局分からなかった。

でも、いい年のおじさんが二人、まじめに桜の木陰で太極拳らしいものを練っている様子は、端から見たらなかなか濃い姿だろうな。

10時を過ぎた頃からぽつぽつ親子連れがふえて(公園の一角に親水設備があるので任期スポットなのだ)、10時半をまわるとけっこうな人数になった。
そうすると、ついつい子どもの姿を目が追ってしまうのだ。
指先を見ていたはずが攬雀尾から単鞭へ移る前に目は子どもの姿へ。。。
おっといかん、いかん、と南を向きながら右手へとめを戻すと言った有様。
隣では太極拳おじさん、ちょっとさきに子どもの姿と、目を引かれる者が周りに増えてだんだん集中が途切れてきたのを感じた。
やはり慢架は続けて2回はやらない方がいいかもしれない。
または、もっと早い時刻になら気が紛れないかも。蚊がいなければ…。
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公園のイチョウが青い銀杏を落としていた。
まだ、20個ほどだが、この後風が吹きあれるともっと落ちてしまうだろう。
そう言えば、昨年も青い実がたいそう落とされたことがあった。
その後どうなるか心配したが、それでも多くの実をつけた。
今年は、5月に雹に見舞われて多くの若葉を無残に散らしていた。
それでも、こうして実をつけている。
せめてこれ以上痛めつけられることなくたわわに稔らせてほしい。

今日の練習
5:27~6:22 公園
慢架 1回
慢架後半
1~18・59~108
こう言うつなげ方は避けた方がよいのだろうが、ラジオ体操が始まってしまうとどうにもならないので、昨日の続きからと後半を。
風が強く、蚊が寄りつかないのはありがたい。
まだ、何とか煽られるほどでもなかったのでまあまあのコンディションといってよい。
教室ていわれていることを少しずつでも身につけるべく練習をするのだが、「視線」一つとってもふと気を緩めると指先から外れてその先のほうを見てしまっていたり、なかなか思うようにいかない。
それと、骨盤の向きが、斜めになりやすいこと。
常に正面を向いていなければ、毎日の練習も無駄になってしまう。
無駄になるどころが悪癖をすり込んでしまいかねない。
こわいこわい。
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10号が猛威を振るうらしい。
西日本縦断とも報じられている。
そして、74度目の敗戦の日。

国会議員が、一芸能人に恫喝まがいの攻撃をする。
自分へのコメントを攻撃と見なして報復か?
そもそも、議員たる者…といいたいが、いま、この国は権力を握った者は何をしてもよいと勘違いした輩が政権の中枢を握っている。
劇場型政治屋の倅は同じことをして耳目を集め、綻びだらけの政権に覆いを掛ける。
こんな国になりはてるとは、思いもしなかった。
いや、その芽はあったのだ。5年も10年も前から。

そうは言っても、今日の練習
5:28~6:25 公園
慢架 1回
1起式から65玉女穿梭まで
ろう膝拗歩
台風の影響で風が吹くためか、蚊が寄りつかない。
腰につけた蚊取り線香も功を奏しているのか。
いや、今日の場合は気温と風のおかげだろう。

虚領頂勁と力まない動き、力は入れず、形は保つ。
言うは易いが、行うは難い。

今日は時間が早ければ慢架を2回できる感じだった。
昨日さぼっているためか、バランスが今ひとつだったここはあるが、疲れよりも心地よさが勝り、もう少し動いてもよいなと感じたからだ。
ラジオ体操があと20分ほど遅く始まってくれれば、その時間は充分あったろう。
ちょっと残念。その分はやく始めろとも言える。
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昨日は一日、右足首の外踝から内踝まで足関節前部に一本の線を引いたように痛みを感じていた。
両踝の下から後方90度くらいまでの巻き込むような範囲で痛んだ。
痛みも激しく、歩くたびにびっこを引く(他に適当な表現が見当たらない)感じだ。
かなり凹む。練習を控えた。

不思議なことに、一夜明けるとその分の痛みはない。
ほかのところに気になるところはあれど、それは毎度のことだ。
録画しておいた『この世界の片隅に』をあらためて始めから見る。
映像作品の表現力というものは、原作の「漫画」とはまた違ったものがある。
アニメーションというのはいいものだ。
 
前から気になっていた、重曹、セスキ、クエン酸を使って、台所のあれこれをいたずらしてみた。
油の汚れはたしかに剥がれていく。たいしたものだ。

それはそれとして
今日の練習
18:03~42 公園
慢架 1回
撲面掌
かちかち山ではないが、屋外用のぶら下げ蚊取り線香を身につけて練習した。
蚊が寄ってきたが何とか撃退し、著しい妨害は受けなかった。
野馬分鬃の頸椎と腰椎、右手左手の形、などなど新しい課題に気をつけながら取り組んだ。
撲面掌では左手首を伸ばして行うというところが難しい。
つい手首がへの字に曲がってしまう。
これは直すのに時間がかかりそうだ。
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昨晩は久しぶりに冷房を入れずに、扇風機だけで寝られた。
もっとも、一晩中扇風機が回っているというのもモーターの音が遠くから耳に入り、また、風が当たり続けるのもやはり不自然なもので、何とも悩ましい。

今日の練習
9:20~12:10 教室 
陰陽24式
慢架
盤手
気功は、新しいものを一つまなぶと、その前にしたものが見事に押し出されて記憶から消える。
笑うしかない。
慢架については、前回とりあげられた「視線」について、自分の気になる箇所ではどうするのかを質問。
そのほか、撲面掌の手の動きはろう膝拗歩のように出すのかと愚問。
正面から、方向を違わず前へとのことだが、そのさい左手の動きを注意された。
右手のしたから胸側を通って右手の上にでるときに、左手首がへの字に曲がってはならない。
手首は縦に折れても下に折れてもだめ。
無意識にやりがちだが、言われてみればそうすることで何かが詰まる気がする。
もしかするとこれは自分にとって今日の一番のお土産かも知れない。
そのほか、とにかく首を伸ばせ。虚領頂勁。
ろう膝拗歩で顔の脇から出す腕に力が「みなぎって」いる。
いかにも出しますと言わんばかりの力んだ動きだ。
力を使うな。
(これは足についても同じだろうと思う。)
それにしても、螺旋階段はきわめて水平に近い角度で上がっているのだか下がっているのだか自分では判然としない。
堂々巡りになってやしないか?
焦りは禁物だけど。
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昨日の朝は一昨日の蚊の襲撃に嫌気が差したのと調子の悪さに練習を控えた。
右足首の右足首前部分が帯状に、内踝下あたりまで、立っていると常時痛み、右足のみで体重を支えると痛みが酷くなる。(右足をついた後左足を一段下へ降ろすなど)
太極拳の練習をしない方がよいと判断した次第。

昨日の日中に立川で開かれた研修の帰りに、昨年一度はいった喫茶店に立ち寄る。
カウンターに、ヨシタケシンスケのえほん。
『なつみはなんにでもなれる』『あるかしら書店』たいそう面白い。
いい作家だと思う。この人は、本に愛情と深い敬意を抱いているようだ。

足首は今朝になっても痛んだ。悲し厳しい。
夕方、行きつけの店で世間話をしながら髪を切ってもらう。
浮世床だ。
そのあと公園をとおると、太極拳を練習している男性あり。
風もあり、暑さが弱まって感じられるので何とかなりそうに感じた。
足首の痛みもいつの間にか治まったので、慎重に動くことにした。

今日の練習
18:10~19:08 公園
慢架 2回
教室で先生が力を入れて説明していた「視線」をさらう。
それと、身体の力を抜くこと。
残念なのは、攬雀尾のときに骨盤が思いっきり斜めになってしまっている(右が前に出てしまう)ことに気がついたこと。
なんて格好悪い。
呉式としては何とも情けない姿だ。とほほ。
風のせいか、身につけた蚊取り線香が功を奏したか、蚊は寄ってこなかった。
ありがたい。
クリームはしばらくお休みと言うことにする。
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たしかに暑い。
湿度も高い。
虫除けクリームを周到に塗った。
ワセリンが主成分(の手作り風)なので、汗がどっと出るようだ。
その分クリームがとけるのか、効き目がなくなる。
敵はその間隙を縫って、捨て身の特攻をしかけてくる。
今日の敵機はおそらく14.5匹。
上着にもズボンにもたかって薄手の布を通して血を吸いに来る。

それでも、それでも
今日の練習
5:25~6:10 公園
慢架 1回
昨日の講義にのっとり、目は手先を離れぬ心構えで挑む。
が、ふと視線を移した指先には小さなヤブ蚊、単鞭で返した左手の甲にヤブ蚊。
顔には実に5カ所ほどたかられた。
とても、半眼になどと泰然とした構えで、心静かになどとできるはずがない。
蚊のせいで、套路を間違えてとばしてしまったり、なんだかおかしいと気づいたものの、何をどこまでさかをのぼればと、大混乱。
呉式太極拳が蚊に負けた。
朝の練習がいいと思っているが、この状況では当分無理だそろう。
今朝の再来はありえない。
何の練習にもならないのだから。まいった。
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父親の病院へ見舞い(様子見)に行き、昼食の介助をしてきた。
持って行ったゼリーは自分から口を開きよく食べた。
基本的に食欲はあるようだが、食事に伴って分泌された唾液が気管へ回ってしまい、自分の唾液でうがいができそうなほどに喉が鳴る。
そうなると、今度は食べても飲み込めない。
飲もうとすると誤嚥につながりかねない。
痰を吸引してもらい、だいぶ楽になったようだが、ものを食べるとまた痰が絡んで苦しげに咳き込む。
これは疲れるだろうと思うし、痛々しい。
なんとも気の毒でならぬ。
1時間ほどで病院を辞す。

田無から秋津まで所沢経由ですんなりいくはずが、ちょっとメールを打っている間に目の前で乗り損なう。
所沢は、どうも方向感覚が狂いやすい。
だから、西武新宿行きが来ているのに反対方向だと勘違い、うっかり確認を怠るともう遅い。
何のことはない、3日についにPHSから乗り換えたスマホに慣れずにムキになっていたら、2本も乗り損ない、15分ほどをロスしたのだ。お馬鹿である。

そんなこんなで
今日の練習
14:30~17:00 教室
ふだん行かない水曜の午後のグループに混ぜてもらう。
陰陽24式
慢架
野馬分鬃を例に、視線の方向を詳細に。
これは慢架を貫く基本だ。
動き、ざっくり上半身が左右対称なら視線は前方をボーっと(半眼)眺めるように。
だが、野馬分鬃のように左右が非対称な動きでは指先(更に厳密に言うと中指)を見る。
腕が交差すれば、視線もそれに伴って移る。
例えば、攬雀尾では右手中指先を見ながら(つまり視線は腰椎に従うことになる)右へ行く<火>の動き。
そして、虚歩になったときも身体に近づけた右手中指を見ている。
そのまま、<水>の動きで南へ向くが、ほぼ南へ見向ききるときまで視線は中指(それはつまり、腰椎と同じ動き)についていく。
南を向ききる直前に人差し指から人差し指と親指の間に移る。
つづく単鞭では右手に沿った左手中指へ視線が移り(ただし右手の位置はそのままキープ)、左開胯と同時に返した左手の人差し指と親指の間を見る。
左手が自由落下しても、元の位置にある左手残像を見る。
腰椎の動きにしたがい、残像とともに<火>となり、視線は右手へ。
そのくりかえし…かな。
要は、視線は絶えず指先、あるいはその指先のあった空間(先生の言葉では残像)を見つづけるということ。
倒でん猴でも、海底針から扇通背でも、その先も全てにこの原則は貫かれる。
今までそれぞれの動きとしてやってきてはいたが、改めて動きの特徴を串刺しにすると、まさに原則に貫かれていると実感した。
当たり前と言えば当たり前すぎることかも知れないが、その徹底が秘伝なのかもと思う。
秘伝は隠されていない。
それを来る日も来る日もくり返していくことが「秘伝」そのものかも知れない。
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8:15の鐘の音にややおくれて黙祷。
先日見た『この世界の片隅に』でも、原爆のようすがえがかれていたが、実は自分は広島を訪れたことがない。
このつどリニューアルされた原爆資料館でも遅くはないので、行かねばならぬ。

あえていえば、沖縄の惨禍を肌で感じたこともない。
知識でしか知らないのだ。
認知症で入院の父は、かつてスタディツアーで沖縄をめぐり、「観光ではない沖縄」とか言うタイトルで、見聞をまとめていた。
父がどう受け止め言葉にしたのか、自分につながる父を知るためにも、読んでおかねばならない。  

で、今日の練習
5:25~6:00 公園
太極刀
慢架 1回
風があり助かったが、それでも蚊がよってくる。
それよりも、5時半くらいからベンチに座っているおばあさんが、距離が近くてやりにくかった。
蚊を気にしてしょっちゅうパタパタ身体をはたいて落ち着かない。

部屋に日が入るのを少しでも抑えようと、2階に葦簀を吊した。
はやくやろうと思いながらけっこう放っておいたのだが、母の姿を見ているうちに申し訳なく感じた次第。

そのあとは、スマホにウイルスバスターを入れる作業に四苦八苦。
この2日にとうとうスマホの軍門に降ったのだ。
うう。PHSよ、13年の長きにわたり、よく耐えてくれた。
礼を言うぞ。

馬鹿はともかく、身体全体の力を抜いての慢架、これを目指したくなってきた。
力みをださない。息を止めない。きばらない。
踏ん張らない。蹴らない。たぐり寄せない。
ないない尽くしだが、今の自分の言語表現ではこの程度でしか表せない。
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それでも、それでも
あやつめ(怒)

今日の練習
18:33~1:10 公園
太極刀 軽く2回
慢架 1回
蚊よけのクリームを塗ったものの、それでもまとわりついてくる。
四匹は取ったと思う。
情けない話しだがあんな小さな虫に心を乱されて(だって感覚的に受け付けないもんなぁ)ペースが速まった。
ふだん慢架を1回すると、30~35分罹るのだが、今日は27,8分だった。
蚊にまとわりつかれっぱなしと言うわけではないのだが、気になってしまうのだろう。
気がつけば、珍しく20分台でおわってしまった。
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仕事の仲間との学習会が当日を迎えた。
参加者を募り、講師を招き、有意義な学習会になりますよう。
自分が会に参加してからも、すでに25年近くになる。
たいしたものだ。

今日の練習
5:16~58 公園
太極刀 2回
慢架 1回
刀の動きはやはり足首に負担がかかりやすい。
回転はせずに足の踏み替えで対応するなどの工夫をしないと足をまた痛めてしまう。
気をつけよう。
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原作を読んでいない。
彼女の作品は13,4年前に、『夕凪の街 桜の国』で初めて読んだ。
絵柄がとても気に入った。
肩に力の入らない、ごてごて描き込まない白っぽい絵、手や足を比較的大きく描いているところも存在感というか愛嬌を感じさせる。
なによりも、作品に流れるリアルさに引きつけられた。
オムニバス形式のあの作品もヒロシマが底流にあった。

今日の映画は2016年に公開されて以来、未だに上映され続けている。
本当に必要とされている作品というのはこう言う広まり方をするのだと思った。
そして、国営放送NHKも、わずかに残った矜恃からか、まる2時間という本作をノーカットで放送した。
地上波で。

改めて、原作を読みたくなった。

今日の練習
15:22~57 屋内
慢架 1回
ろう膝拗歩・倒でん猴
外の風が吹き抜け、気温が高いわりには、しのぎやすかった。
つい足首に力が入ってしまうようだ。
もっと柔らかく、伸ばすところは伸ばし、決めるところは決める。
まだまだまだ……
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稲光は見えたものの、空気を冷やすような降りにはならなかった。
人気はなかったので、蝉の声には耳をつぶって?虫除けクリームを塗りたくる。

今日の練習
18:15~58 公園
太極刀 2回
慢架 1回
昨日の今日で刀を使っての練習をしてみた。
もちろん、足首に負担の来ないように軽めにしてだが、1回目は途中で止まってしまった。
何とか思い出して続けたが、心許ないのでもう一度。
ここではつながったので安堵した。
流すくらいでも、ボロボロに忘れてしまわないようにおさらい程度にはしておかないといけないなと実感。
それから、試作品の刀をずっと使い続けているが、もうぼちぼち本命の刀を作らねば。
ただ、自分が今全力で取り組めないので今ひとつモチベーションが上がらない。のだ。