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ここまでの練習で、慢架500回くらいにはなった。
日曜日などは2回3回と練習した日もあるので、ここまでで500回は慢架を打ったとしてもよかろう。
それにしても…3年間で慢架1万回とは信じられない練習量だ。
ほとんど一日10回の慢架。
5時間では終わらない。
むりだ。
今まで最高でも一日3回か4回だ。それも間を置いて。
思い切ってぶっ通しで2時間とか3時間やってみようか。
今までに摑めなかった何かを摑めるかも知れない。

今日の練習
17:31~18:21 公園
太極刀 3回
慢架 1回
刀:
刀の重さ、自分の膂力、そのバランス。
もっと微妙に感じ取りたい。
慢架:
蹴らず、踏ん張らずに動きたい。
それと、野馬分鬃の重心移動、腰椎の動き、骨盤の向きなどなど。
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少し冷静に考えてみた。
二つの問題に整理されるかと思う。
・国際社会への振る舞いとして
自国の主張を受け入れないなら、そこから脱退して好きにさせてもらうという幼稚さ。それが、気概だとか、強い外交だと勘違いしている。
捕鯨反対国の感情的な対応も確かにあるが、立場や考え方の違いを、科学的な根拠に基づいて地道に話し合いながら埋めていく、自分たちの地道な実験、実践を根拠に相手の聞く耳を開いていく、そういうまっとうなことができない。
そこから起こるリスクを考えていない。
同じ論法で中国や韓国、北朝鮮、ロシアといった国々が好き勝手に魚を捕れば、日本の漁業が打撃を受けるし、資源保護の取り組みを国際社会に呼びかけてリードしていくという方策が進められなくなる。
・国内の問題として
国会の審議を経ずに閣議決定でことを進めた。
国内には捕鯨再開を望む世論は形成されていないし、捕鯨が制限される前から直線的に需要は減少しそのまま低迷しているだけだ。国際捕鯨委員会を脱退することで需要が回が回復し、国内消費が伸びることはない。
日本の食文化を守るというとってつけたような目的も筋が通らない。だったら種子法のほうがはるかに日本の食文化を危機にさらす。
捕鯨基地のある地域は安倍や二階の選挙区である。

政治の私物化は現政権になって蔓延している病理だが、あまりに拙速だと言わざるを得ない。

こんなことをなんで書くのかと言えば、心の安寧のためには政治も社会も落ち着いていなければならず、それが、太極拳の練習に取り組みやすい環境となるからだ。

憂いなく練習ができ、自分の身体やあり方と向き合う大切な時間を私は守りたい。

そんなわけで、
今日の練習
17:40~18:30 公園
太極刀 3回
慢架 1回

手も足も指先がピリピリする寒さ。
刀の練習には使いたくないが、手袋は欠かせない。
刀:
気がつくと腕で振り回しているなあと感じる。
難しいのもだとつくづく思う。
だから面白いのだが。
今感じているのは進退の体重移動と姿勢の曖昧さ。
昨日も書いたが、これは自分ではなかなか直せない。
先生の目で見てもらって修正を受けるしかないのだ。
慢架:
腰椎を意識して、結果、腹に力が入っていたり骨盤の倒れ方立たせ方がおかしくなっていることがありそうだ。
正しい形は何に増して大切なのだが、それを求めて力んでしまったり止まったりしていては本末転倒だ。

そういえば、刀も慢架も終わるときにはほぼ元の位置に戻っているようになってきた。
些細な進歩?
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ようやく年賀状に取りかかった。
印刷だけは終わらせていたので、今日はひたすら宛名書き。
宛名と、一言のコメントはせめて手書きでと続けている。

が、2時間宛名を書いたら、もう目がつづかない。
ショボショボして、どうにもピントがスッキリ合わない。
目を細めて、少しでも見やすくならないかと足掻いてみるが、さほどの効果なし。
作業を諦めて、買い物に出たり、ほかのことをして目を休める。
それでも7~80枚でうちどめ。
これも年だと無駄な抵抗はやめにした。

久しぶりに甘酒を仕込んで、
今日の練習
20:09~21:02 公園
太極刀 3回
慢架 1回
今日も寒かった。
マフラーと手袋の完全防備で挑んだが、足先まで冷えてきた。
手袋の中の左手も冷たいままだった。
刀:
いくらでも崩れてきそうでおっかない。
やはり、最低でも週に一度は見てもらって、修正を受けないとどんどんいい加減になっていきそうだ。
回転が特にいい加減いしてしまいがちで難しい。
慢架:
力みが気になる。
どこにどうというわけではないが、あっちこっちで力んでいたのが、練習を終えたいまでもわかる。
というか、その力みが身体に残っている感じがするのだ。
なんだろう。
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なんのかんのといっても明日からは仕事はしない。
職場がロックアウトでしたくてもできないし。
それにしても仕事が切れない。
8時間労働制はどうなっている?
通勤時間を含めると、よくて12時間はとられる。
生活を豊かにするどころか、ぎりぎり身の回りのことをするだけでカツカツだ。
国会前に集まってデモの一つにでも参加したい、シンポジウムに行き、気骨のあるジャーナリストの生の言葉に触れて背筋を伸ばしたい、気になる映画を見たい、寄席に足を運んで周りの客と場を共有したい、本屋をぶらぶら歩いて面白そうな本を見つけたい、出、ゆっくりと読みたい。
やりたいことは山ほどあるのに、仕事というものに時間を削り取られて自分がやせ細っていく。
こんな生活を長く続けていくとろくなことはない。

で、今日の練習
21:08~22:02 公園
太極刀 3回
慢架 1回
機能の右足の痛みが治まったので、何とか練習ができた。
刀:
刀の動きに腰椎の動きが繋がってきているのかは、自分では残念ながら皆目分からない。
ただ、前よりも少しだけ動きやすくなっているようだ。
無理をして動いているなと思うところが減ってきているように感じる。
慢架:
やはり課題は雲手だ。
まだ、左手が下がって来てからの動きで、肩口あたりに力が入っている。
入っていると言うよりも、抜けないというほうが当たっている。
そこに何か詰まっている感覚があるのだが、なかなかに不快だ。
この辺のことは、いつか片が付くのだろうか。
ま、そう信じて練るしかない。
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いつまでも試作品では仕方ない。
準備だけはできているのだから、まずはブナ材の刀を。
そして、同じくブナ材の剣を。
檜よりも橅のほうが重さがあるので、とにかく一振り作ってみなければ。
今日の練習
19:11~20:07 公園
太極刀 3回
慢架 1回
前回の教室で学んだことをひたすらおさらい。
雲手の重心移動。開胯・合胯。将展未展。
弯弓射虎の正しい形。
下勢の骨盤と腰椎の向き。

明日年内最後の秋津教室がある。
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名前一つひとつを定式として捉えてはいけない。
あくまでも全体の流れのなかの一断片、局面でしかないのでくれぐれも注意するように。
これは、慢架にしても刀にしても同じこと。
99式と108式の名称のちがいついて、わずかに質問したときに言われた言葉。

今日の練習
9:00~12:00 教室
太極刀
慢架  
盤手
刀:
大刀王五の動きについて
都合五つの動きについて指導あり
方角を表す言い方(八卦の表現)が都合良さそうだ。
覚えよう。
慢架:
雲手の重心移動10:0→5:5→0:10
5:5の時に腰椎の捻りがあり、10:0になるのと開胯が同時(掌の返しも)、そのあと将展未展で腕の交差(肘を曲げない)
下勢の骨盤は南、腰椎は東向き。なるほど。
双擺蓮の両掌を下向きに、抑える動き。
弯弓射虎、鉄の弓を引く
盤手:
数をこなさなくては………。

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二度に分けた銀杏の処理。
1350g+1910g しめて3260gとなった。
まともに拾ったのが2回だけなので、ここ数年の中ではさほど熱を入れなかった。
1年前は、父もまだ一緒に拾うことができた。
その前の年、12月19日はあの板橋事件だった。
昼前から姿が見えなくなった父の身柄が保護されて、電話があったのが0時50分。
タクシーを飛ばして板橋警察へ引き取りに行った。
あの晩のことは忘れられないが、あれからもう2年か?
れともわずか2年前しかたっていないのか?
そしてこの一年もまた、恐ろしく時間の経過が速く感じられる。
何やら恐ろしげな感じすらするのだが、思い込みが過ぎるだろうか。

今日の練習
18:35~19:27 公園
太極刀 3回
慢架 1回

右足首の痛みが続き、また昨日は忘年会があって練習できず、とうとう3日間、練習をサボってしまった。
すると慢架の流れが悪くなる。
養生太極拳を標榜するなら、毎日続けなくては看板に偽りありになってしまう。
反省。
刀:体重移動の気になるところが数カ所。
太極刀の108式名称を知ることができたが、動きと結びつかないところばかりなので、順次先生に聞いて確認していきたい。
慢架:
十零、指にだけ力を入れてほかを脱力。
軽く動く。
腰椎第一。

今日になってまた一通、喪中欠礼の葉書が届いた。
これで11枚目だ。
今年はいつになく枚数が多い。
合掌。
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昨日の今日で練習を休みたくはない。
で、合間を見つけて動く。

今日の練習
16:45~17:20 屋内
慢架 1回
太極刀 1回

刀:
持たずの練習。
持っているつもりで動くのは意念だろうか?
慢架:
いつもよりだいぶペースがはやかった。
落ち着かない環境ではあったからいたしかたないといえる。
とすると、やはり慢架は環境を選んでやらないと時間をむだにする。
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昨夜と同じかそれより寒い。
手袋をしていても指先じんじん冷えるし。
それでも、時間があっという間に過ぎて充実した練習だった。

帰宅後、録画してあった『ダークヒーローの美学』~力石徹~を見る。
漫画とアニメの両方が補い合って、50年の歳月を超える、やはりものすごい作品だったと改めて思う。
映画もそうだろうが、テレビアニメも漫画も人の紡ぎ出す「物語」というのはたいしたものだ。
『100分DE石ノ森章太郎』も面白かったが、あの番組とは別の意味で面白かった。
それにしても、ちばてつやさん(79)って、自分の母親と同じ年だったのか。
一度お会いしたい方だ。

今日の練習
9:00~12:00 教室
太極刀
慢架
盤手
刀:
部分の修正 間違いの指摘
腰椎から刀 刀から腰椎(反動も使いながら) 
慢架:
斜ろう膝拗歩の時の姿勢→南東に向くときに前傾しない。
盤手:
圏という考え方、とらえ方 常に繋がっていて切れ目なし。
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むごい写真が目に飛び込む。
エメラルドグリーンの海に、赤茶色の土が盛り込まれ、その上に重機が動いているようだ。土砂周辺にコーヒー牛乳のような濁りが広がっている。
かつて恩師が開いたペンションに滞在させてもらったのは石垣島だったが、あの海と空以外に何もない空間の何とも言えない広がりは今になっても色あせない。
その同じ沖縄の、県民がはっきりとNOを突きつけたことを意にも介さず踏みにじる傲岸。
独裁政権のやりたい放題。反吐が出る。

今日の練習
17:52~18:49 公園
太極刀 3回
慢架 1回
寒かった。
手袋をしていても、手の指先、脚の指先がじわじわと冷えて冷たくなってくる。
そのかわり、屋内にもどると一気に血がめぐってくるようだ。
刀:
とにかく蹴らない。(蹴ると右足首は痛みを生ずる)
脚から動かない。
刀を振り回さない。
これはつまり、腰からと言うことか。
自問自答だ。
慢架:
充分前へ出る。
開胯をさきにして方向転換(45°あるいは90°、180°)していたことに今さらながら気づく。
全ては腰から。
そう意識してみたら、それらしい動きになってきたような。。
腰椎の動きを待って開胯あるいは合胯、この「待つ」ことがどれほど大切か。

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自分たちの、代々の先祖たちが守り、同時に守られてきもした辺野古の海へよそ者たちが土砂をぶち込む。
悔しいだろう。
腸が千切れそうになるだろう。

なんてことをするんだろう。
人でなし、と言う言葉を久しぶりに思い出す。

今日の練習
21:40~22:44 公園
太極刀 3回
慢架 1回
左ふくらはぎが張っていて、動きにくかった。
右足首にも違和感があった。
それでも騙しだまし動かしたほうが、自分の場合は合っているような気がする。
動いていると、より慎重に脚を揚げようとしたり、つい蹴ってしまっているところでは痛みがあるのでより正しい姿勢と重心移動を心がけた。
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目が疲れている。
シバシバするというか、あまり、物を熱心に見たい気分ではなくなる。
なんだろうね、これ。

そういえば、12月に入ってからの天候を平年と比べると、日照時間がたったの43%しかないとか。
これはまた、野菜の生育にずいぶんと影響を与えるのではないか?
とにかく、不順な天候はいやだよ。
気が乱れるように思える。

今日の練習
21:23~22:21 公園
太極刀 3回
慢架 1回
風がなく、地面が湿っていて、心地よい寒さだった。
刀:
雑になっている気がする。
特に後半部分がまだまだ馴染んでおらず、そこに刀の練習が教室でできるのも年内と思うと、どうも追い立てられるような、はっきりとは意識されないままの「焦り」にも似た感情がわき上がり、気が乱れるように思える。

それはともかくとして、今日は片脚立ちの安定度が低かった。
それが全体の不安定さとして、雑という感じで残ったのだろう。

慢架:
左肩の詰まり、今日はそうなるまえにフッと力を抜くことで何とかなっている。
腿に力を入れないように、若干骨盤を高めにすることでより力みを抑えられた。
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辺野古の海へ土砂をぶち込むという。
なにがなんでも、理路も条理もなく、ただ、やりたいからやる。
人の暮らしにも、歴史にも、爪の先ほどの想像力すら働かせようとしない。
消費税にしても、付随する景気対策と称して、結局は一部の人間に利益をもたらすような施策を講じようとしている。
政治の私物化は目を覆うばかりだ。
水道もなし崩しに民営化への道を開き、外国人労働者を資材としてしか見ていないような入管法の改悪も押し通し、いったいどこへ行こうとしているのか?

こんな無責任な政治を見たことがない。
のど元まで怒りの固まりがこみ上げるようだ。

が、そればかりでは健康に悪い。
で、今日の練習
21:28~22:27 公園
太極刀 3回
慢架 1回
刀:
もっと厳密にやりたい。
自分では出来ないので、厳しくチェックを受けてもう少しマシにできるようにならねば、やっていて気持ちが悪い。
すっきりしないのだ。
慢架:
腿の力を抜く、というよりもあまり深く腰を落とさないようにして、できるだけ軽く、股関節も肩ももっと自由に軽やかに動かしたい。
雲手の左腕だが、降ろして右に<火>の動きを取るとき、肩が詰まる感じがする。
右ではこう言うことは起こらない。
やはりどこか、左は流れが悪くなりがちなのだろう。
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12月8日が、語られない。
8月15日は被害者面をしてあれこれ。
300万人も日本人が殺されたこと、国の外で死んで、今になっても帰ってこない人たちこのこと。
やりもした。やられもした。
その事実だけをしっかりと見つめたい。
この国で生きていくのなら、この国で死んでいくのなら。

今日の練習
21:46~22:44 公園
太極刀 3回
慢架 1回
刀:
進退における動きの要点を考えながら。
慢架:
単鞭や雲手のときに、腿に力が入った状態で、気がつけば重々しくやっている。
姿勢を保つのに筋力を使っているのだ。
腰を落としすぎず、重心をもっと後ろに持って行けば、腿の力は入れようがない、ような気がする。
明日はその辺を意識してみよう。
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風が冷たい。
日も射さない。
指先がピリピリするくらい冷たくなってしまった。

今日の練習
9:00~12:00 教室
太極刀
慢架
盤手
刀:
ろう膝拗歩での体重移動と腕の動き→将展未展で進 腕はついていく
最後の納め方と体重の移動→腰を緩めるくらいではっきり下がらず、進は将展未展、次はしっかり虚歩になって、(交刀ろう膝式)。
右掌を上にして最後に下に向けて収める(収刀式)。
刀を突き出すタイミング→左足の着地と同時に
慢架:
腿の力を抜け 首を伸ばせ

来年1月から一路剣を始めるそうな。

思えばちょうど1年まえ、刀をやりますといきなり言われたのが発端だったので、また元の路線に戻るということか。
個人的にはこの教室は刀をしっかりやって、ある程度の域にまで導いていただきたい。
まだまだ、まともに動けていないので、あと半年くらいは刀で行ってほしいなあ。
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慢架を終わりまで通せるようになってから、11月までで480回の練習をした。
108式をとりあえず通せるようになるまでに、入会して5ヶ月(2016.08~12)かかったのか。
ブログを見直して、だいたいこんなことが分かった。
ちなみに太極刀は2017.12あたりから始め、通して一人練習ができるようになったのが8月末。
慢架より短いのに時間がかかっている。
まあ、慢架の練習をしながら刀を覚えようとしていたのだから、凡夫には荷が重かったのだろう。
楽しいけど。
それにしても、試作品の刀でとりあえず始めたのだが、試作品が日常品になってしまって久しい。
そろそろ気合いを入れて自分の刀をきちんと作りたいのだが、本当に時間と体調が限界に来ていて、どうにも先へ進まない。
週末は疲れてぐったりしている。
できれば寝ていたい。

こんな暮らしに誰がした~♪
みんなアベゾーが悪いのよ~チャンチャン 

で、今日の練習
17:00~56 公園
太極刀 3回
慢架 1回

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久しぶりに毛筆で字を書く。
始めは形を整えよう、迷いのない線をスッキリと書こう、などあれこれ考えながら書いていたが、まあ思うようにいかない。
いい加減疲れてきて、もうそろそろ割り切って書かねばと思いながら、ふと太極拳を打つ感覚で立ってみた。
筆の好きなように動いてもらおうと、ある意味主体性を放棄して、自分が字を書いているという意識すら遠ざけて、とにかく筆の邪魔をしないようにしてみたのだ。
すると明らかに字が違う。
まさに、筆の赴くまま、と言う感覚で動かしていくと、線も書いている文字の形もそれまでとまるっきちりがう。
遊び心で書いていくともっとのびのびとした線が書けるようになった。

今日の練習
22:23~23:23 公園
太極刀 3回
慢架 1回
疲れた。


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脆い。
危うい。
今の世のありかたを象徴するかのようなできごとだ。
便利で誰もが用い、誰もが用いていることを前提にシステムを構築し、全てがそのシステムに依存する。
ひとたびシステムに異常が起こればそれに連なるあらゆるものが身動きできない状態となる。
「それがダメになったとき」を想定してこその危機管理だが、およそいつ起こるか分からない危機に対して大枚をはたいて備えることはしない。
なぜなら、それは短期の決算ではもうけに繋がらないから。
もしもの時は、その時の担当に何とかしてもらえばよい。
たぶん自分が責任者であるときには「そんなこと」は起こらないだろうから。

そうして、フクシマは起きた。

どんな不具合が起きても、これ以上の危険な状態には陥らないという別ルートを確保してこそ、ものごとは何とか回っていくはずなのだが。。。。

危うい。実に危うい。

今日の練習
22:00~23:00 公園
太極刀 3回
慢架 1回
雨が上がって地べたの湿り具合は最高。
気温もちょうどよい。
ボーッとしながらやったので、何も書くことが浮かんでこない。
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叔母がまた一人他界した。
95歳。大往生である。
父の姉で氷屋を営んでいた。
店はずいぶん前にたたんで、15年ほど前から施設に入っていたが、近しい叔母の一人だった。
8人いた兄弟も父とすぐ上の兄、その上の姉と3人になった。
昨日、通夜に行ってきたが、一番若いはずの父は病院にいて意思の疎通もかなわず、兄弟では叔父と叔母が一人ずつという、思えば寂しさを感じさせる場だった。
その叔母も自力で出歩くことはできず、自由に動ける叔父が一人で耳もだいぶ遠くなったので、3人いてもお互い行き来して旧交を温め合うことも難しい。
なんだか寂しく、切ないものだ。
叔父たちも寂しかろうと思う。
人はいずれ…、とはいうものの、大きな血族という大樹が朽ちて倒れていくようななんとも言えない気分だ。
若い頃には不遜にも感じていなかったが、なにか大きなものに守られてきたのだなぁと心から思う今日この頃である。
だからこそ、自分達が守って手渡さなければならないものを個人を越えて残して行こうと自らを鼓舞したりもするのである。
 
そんなこんなの、
今日の練習
21:39~22:39 公園
太極刀 3回
慢架 1回
刀:
腰椎から動く、手で振り回さない。
同じことを何度もくり返し、違和感や引っかかりのあるところを探す。
進退が難しい。
進退に直結する腰椎の動きというのが実感が湧かない。
慢架:
半眼 十零 に注意
単鞭・雲手の体重移動が気になる。
片脚立ちは不安定だった。
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刀の練習をしていた。
慢架を始める前に電話がかかり、練習中断。
時間がなくなりそこまで。
という、今日の練習
21:32~22:00 公園
太極刀 3回
刀の反復練習
昨日の教室での動きをさらう。
まだ馴染まないので、さらに反復練習が必要だ。
そのうちに身体もできてくる。動きも身につく。
焦らずぼちぼち。

今日はいろいろあって疲れた。
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2018.12.01 (7)

二階のベランダから見下ろすように写真に撮る。
木の上の方に咲いている花はなかなか上手く撮れないし、何よりふつうの視界には入らないから撮ろうとすら思わない。
偶然母親が気がついて、きれいに咲いているというので、写真に撮った。
プリントにして、次に病院へ行くときにもっていってもらうためだ。
先だって、サザンカの写真を見せたら「きれいだな」と言葉が出たので、カメラの液晶より見やすくプリントしたものを持って行ってやれば、父がよろこぶかもしれないと母が言っていたのを思い出したので。

その、父の姉の一人がまたなくなった。
95歳だから大往生なのだが、昔から近しく世話になった叔母なので寂しさがつのる。
これで8人兄弟の残りは3人となった。
とうとう半分以下だ。
大樹が倒れていくような、大きなよりどころを失っていくような心細さに襲われる。
いい年をしてとも思うが、この歳になったからこその感じ方かもしれぬ。
明後日が通夜だ。

今日の練習
9:00~12:00 教室

慢架
盤手
刀:
気になっている動きを確かめてもらうと間違っていたことがはっきり分かった。上から回す腕を下から回すような粗雑なことをしていた。
そのほかに、やはり腰椎から動いて、待って待って腰椎に引かれて、フッと動く感覚を得ることができたのが、今日の最大の成果だった。
なるほど、こうですね。という具合に合点がいく。
腑に落ちる。身体が納得する。
糸が切れたら腕がだらんと落ちるくらいに、操り人形のように、自分が動くのではなく神さまの糸で動かされているかのごとく。
刀の重みで下がっていくように…
などなど
慢架:もっと骨盤を前に 腰椎から動く 知らず知らずのうちに腕や脚から動いてしまっている 半眼でやれ などなど

今日は盛んに「禅」だと強調されていたが、正直分からん。
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一週間が終わるとぐったりする。
それでも片付かない仕事をやっつけに土曜出勤をしてきたが、もういやになった。
というより身体が保たん。
今日は3時過ぎまで寝て過ごした。
ようよう起き上がり、修理に出した腕時計を受け取りに行った。
公園の公孫樹がこの一週間で一気に黄色く色変わりして美しい。
北からの強めの風に舞い散る黄色い葉を受けて子どもたちが歓声を上げている。
両手を広げて落ち葉を受けている楽しさをあの子らは心のどこかに刻みとめていくのだろう。
いい光景を見た思いがする。

コーヒー豆を買える店を求めて、時計を受け取った脚を少しだけ先に延ばすと、金魚と旗を出した店があり思わず足を止める。
今どきこんな形の店があるのだ。
ところは立川北口シネマ通り。
そのとなりにcocokaraというカフェが一軒。
まだ新しい感じの、手作り感満載の店構え。
豆も売ってくれるかと足を入れてみた。
どうもそういう感じではないが、一杯飲めればいいかとそのまま座る。
テーブルもカウンターも、壁の絵も、どれも自分や知り合いの手を借りて作ったようなしあがり。
椅子はあちこちの古道具屋から買い集めた不揃いのもの。
その一方まるきり一から作ったような木製のソファもあり…。
食器の一部はやはり知り合いの陶芸作家のものをいれているのだそうだ。
 
ちょっと気に入ってしまったかもしれない。

今日の練習
18:07~19:03 公園
太極刀 3回
慢架 1回
ほぼ毎回このパターン。
刀の練習も2回じゃ少ないし、慢架については1回通すともうそれ以上反復する時間がない。
もう少しいい形の練習ができればと思うのだが…。
練習中、どんどん左手が冷えてきて、痛いほど。
反対に右手は温かくなっている。
帰宅後に温度計をあててみたら、右手で握って30度を超えていたのが、左手で持ったら18度まで下がった。
見た目は左手が赤く、右手はどちらかというと白っぽかったのだが、数字でこんなに差が出るとは驚いた。
前から右手は温まり易く左は温まらない傾向があったがこれだけはっきりするとは。
自分の中で左手の巡りを阻害するものがあるのだろう。
それがどこにあるのか分からないが、これが変わったときには、きっと身体の他のところに違いが起きたときだろう。