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「うんこ漢字ドリル」の車内広告が中央線内に。しかも二回目。
小学校1年から6年生までの全ての漢字について、うんこがらみの例文で埋め尽くされている。
時には挿絵もある。
新聞で見たときも笑ったが、(思ってもやれないことをよくぞやったものだとある意味感心した)まさか公の空間にまで進出してくるとは思わなかったので、流石に意表を突かれた。
いくら売れても、これは学校の教材としては取り入れにくかろう。
出版社も学校が買い入れることは期待も想定もしていないに違いない。
「くそ」まじめな学校文化を完全に笑いのめしているところが痛快だ。

で、今日の練習
18:00~45 公園
慢架 1回
ろう膝拗歩・倒でん猴・攬雀尾で、進退顧眄と四点、六点に留意。
このところ、首から肩(とくに肩甲骨の下側というかうちがわというか、間の深いところというか)が凝っている。凝りすぎて痛いくらいなのだ。
これはけっこう辛い痛みだ。
痛みの質がいやなのだ。
こう言う深いところの痛みというのはなんとなくメンタルなものをおおもとに抱えていそうな感じがするのだ。

だから今日は早く帰ってきたのだけどね。
ああ、速く楽になりたい。
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帰宅してニュースを見ると、時間差の熱中症というものがあるそうで、これは充分に気をつけたい。

今日の練習
5:23~6:02 公園
慢架 1回
終わる時刻を考えると、始めたのがギリギリだったので、いささか気の急く練習になってしまった。
ゆったりじっくりと行いたいものだ。
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天気は爽やか、申し分ない。
ちろりん村に寄り道してクルミの木をみにいく。
実がずいぶん大きくなってきた。
2017.05.28 (10)
こんなふうに、花から結実し、たわわに稔るのをまじまじと見続けたことがないので楽しい。
教室に行くときは必ず定点観測をしていこうと思った。

今日の練習 
9:00~12:00 教室
講義 将展未展 
慢架 わりとゆっくりおこなった
推手
八門五歩 
質問 慢架最後の高探馬から顧眄、後ろへ下がってからの上歩攬雀尾までの動きを確認。 要所をしっかりと(がちがちにではなく、確実に正しく)おこなうこと
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昨日、思い切って走ってみた。
その時は、何ともなく走れたが、やはりあとになって痛みが出た。
古傷は、しぶとい。
 
その足首での練習はさすがに気が乗らず、控えることにした。

で、今日の練習
22:00~35 公園
慢架 1回
仕事のミスが頭から離れず、間違えたり、雑に動いてしまったり。
心が落ちつかなければとても練習と言えるものにはならない。
確保すべきは時間だけではない。心の安寧だ。
いくら時間を必死に確保しても、心が整っていなければ、何の練習にもなりはすまい。
つまり、日常を鍛えなければ非日常も積み上がらないと言うことだ。
その、日常の憂さを太極拳で紛らわせている部分はなくはない。
これはこれは、難しい修行となったものだ。
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北朝鮮がまた花火を上げたようだ。
このごろは安倍が注文して打ち上げてもらっているんじゃないかと思ってしまう。
それであちらは外貨を獲得していたりして。

国内の問題が注目されるといきなり横槍を入れるようにミサイルが発射されて、トップが安倍とのランチ仲間ばかりのテレビも新聞も、はりきってこれでもかと取り上げる。
政権運営の課題や問題も扇情的な文言にかきけされてしまう。
格好の目くらましにマスコミが荷担しているのだから処置なしだ。。

限られた時間、限られた紙面がこんなことで占領されて、それでいいのか?
いいから、もっと国内の問題を取り上げてくれ。

今日の練習
21:39~22:19 公園
慢架 1回
このごろ単鞭が気持ち悪くなっている。
なんか変だ。
骨盤が正面を保てないのは相変わらずで、そのつど腰を切り直すようなことをしてしまう。
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まとめて書けばよかったのだが、一度書き切った感があるので付け足すのも気が進まず別に書くことにした。

3時間ほどスカイプを使ったあと、仕込んでいた甘酒に火入れをして仕上げた。
が、今回も今ひとつのできだ。
米がまだ米として残っている。甘さが足りない。デンプンが分解されきっていないのだろう。
温度を保つために炊飯器を使ったのだが、外気の高さもあってか65度近くあった。
そのせいだろうか?
麹の製造元に連絡して、最適条件を聞かせてもらおう。
この麹でもっと旨くできたこともあったのだから、麹のせいではない。
作り手の問題だ。

今日の練習 2
18:02~44 公園
慢架 1回
教室ではヤブ蚊に悩まされたので、蚊取り線香を携帯して練習した。地べたに於いても効き目はないので腰にぶら下げた。
仙骨当たりがほのかに温かく、灸を据えているかのようだ。
教室で質問したことを含め、おさらいの慢架。
自分では何となくまともになってきているように思っているが、きっとぼろぼろなのだろうなと思う。
要求をしっかり守って、身体を健康に。
学ぶことを楽しみながら…。
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いつものちろりん村が陽当たりよすぎて暑いによって、駅近くの公園に場所を変更。
民族大移動である。
行った先は神社の裏手に当たり、元々窪地だったようでひっそりと水をたたえる池がある。池と言うか沼というか、鯉が数匹泳いでいるがひっそり閑としている。
そして、ヤブ蚊が多い!!!!
下草を適度に刈ったら、もっとスッキリしたちょっと素敵な公園なのだろうが、残念ながら管理が充分になされていないようだ。もったいない。

今日の練習
9:00~12:00 教室
講義 重心移動と骨盤について 若者の心を捨てる
   (年寄りのような筋肉に頼らない動きをめざす)
慢架
推手
質問 高探馬や双峯貫耳の時の腕と身体の向きについて
   クロスした両腕はどちらも45°
   上体は左顧(腕の交点は左足よりも外側に)
   もちろん骨盤は正面を向いたまま


練習とは関係ない(と思う)が、このごろ手術した右足の古傷が痛むことがある。
右足の内踝より少し上、ドリリングを施した場所とは若干違うのだが、無関係とも言えない。なんとも微妙だ。

多少は負荷をかけ、可動範囲を元に近づけたいのだが、無理は禁物。
その境目がわかりにくいのが素人の悲しさよ。
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自民の暴走に腹を立てながら、ついテレビをだらだらと見ていたら、目が冴えてしまい、結局就寝が2時近くになってしまった。
すると、7時に起きてもとても眠い。
億劫で、動きたくない。一日寝ていたい。

しかしながら、今夜は練習ができないので、家を出る前に練習をしておくことにした。

今日の練習 
9:18~58 公園
慢架 1回
将展未展 六点・四点 
進退・顧眄のさいに、骨盤が正面を保てず、すぐにななめになる
気をつけなければならないことだらけで、それぞれがてんでできていない。
それを、少しずつ少しずつ繕うようにして進む。
少しマシになったと思う頃、また別の綻びに気付く。
進んでいるんだかとどまっているんだか分からなくなるのが、武術の練習の難しいところだろう。
じつは、螺旋階段のようにだんだん上昇している。
ただ、見た目ではなく質の上昇だから気付きにくい。

今の自分もそんなところだろう。
斜飛勢も海底針も、それまで「今の自分ではここにこだわってもかえって全体を崩すだろうし、要求に従ってできるものではない」と棚上げしてきたり、ちょっと軽く考えて「ここはまあいいや」とスルーしてきた部分だ。

でも、その扱いがだんだん気になってきて、もう少しきちんとしないとダメみたいだというところまできたので、今さらながらと先生に質問をしている。

そんな今日この頃だ。
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共謀罪 強行採決

とうとうやりやがった。
ここまで一気に持って行くかと呆れる。
世論の高まりも何もなくとも、何の躊躇もなく踏み込んだ。
この傲慢、この不遜、この無恥。

有権者の三割にも満たない得票。
国民のおそらく2割にならない人々の動きで、このばかげた権力を生み出し暴走させてしまった。
10年、20年後に我が子やその世代に顔向けのできない世の中にしてしまった。

だが、このまま70年、80年前の歴史を繰り返すわけにはいかない。
それでは300万からの犠牲が無駄になる。
アジアの数百万の犠牲が無駄になる。

この国を戦争のできるふつうの国にしてはいけない。

公園で数人で太極拳の練習をしていても某かの企みを持っていると疑いをかけられてしょッぴかれるかもしれないのだ。

今日の練習
23:08~49 公園
慢架 1回 

先週の教室で海底針の詳細、特に腕の位置や角度を質問したが、左腕の肘の扱いを言われたようにやってみると、今までと全く違った重みを(套路の架式に軽重はないのだが)感じるようになった。
身体全体のまとまりというか、そのあとの扇通背へのつながりもより強くなった気がする。
驚きだ。
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ある程度、套路を流せるようになってきた。
そのためか、気がつくとあちこちに穴が空いている。

好事魔多し
気をつけねば。

今日の練習
22:16~56 公園
慢架 1回
骨盤がそろっていない。左右どちらかが前にでてしまう。
すぐねじれる。
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所用と父親の相手を兼ねて高円寺まででかける。
かえりに、荻窪で寄り道をして大田黒公園へいく。

入口からまっすぐに伸びるイチョウ並木がとてもいい。
人気のない公園のなかはひっそりとしていて、駅からほど近いこんな場所にと思うほど静かで独特の空気に包まれていた。
2017.05.17 (5)
キジバトの姿、コゲラの声。
結婚式前の撮影をしているカップル(和装)とスタッフ。
(去年の夏に始めてきたときにはドレスとスーツのカップルだった)
絵を描く人。
それぞれの時間がいい。

今日の練習
8:30~9:11 公園
慢架 1回
骨盤をまっすぐ正面に向けておくのが、やはりかなり難しいと実感しつつ。
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頭の中には川人弁護士の話がちらちら。
この国って官から民へと流していく過程で、旨い汁を吸っている連中がたくさんいて、そんないやらしい・汚いやり口が手を変え品を変えて繰り返されている。
三〇年前の国鉄解体→分割民営化 JR誕生と言う流れ。
その結果、JR北海道の大幅な路線切り捨てや、きびしすぎる労務締め付けでおきた(と俺は思っている)福知山線の脱線事故。
郵政民営化も同じこと。
そして日本郵政は、社長自ら下手を打って会社の資産を減らしてしまっている。
本当に、どうしようもないことが多い。

この国はどうなってしまうのだろうとついつい大袈裟に考えてしまうんだ。


今日の練習
5:15~5:59 公園
慢架 1回
昨日の復習として改めて将展未展 三本の直線を意識した。
実際には両膝をそろえることしか手が回らず。
怖がらずに骨盤を前に出して落胯垂臀、膝を曲げて後ろ足を寄せる。
骨盤や後頭部から尾てい骨へのラインはちょっと保留状態だ。
斜飛勢と海底針も今日のポイント
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過労死問題に長年取り組んでいる弁護士の川人博さんの講演会に参加。
電通の髙橋まつりさん過労自殺にいたる日本社会の労働史からのとらえはなるほどと思う。

富岡製糸場の世界遺産登録で観光客がたくさん来ているとのことだったが、民営化されたあとの工女の自殺や病死など、日本の経済発展の裏には、過酷な労働環境で犠牲になった多くの弱者たちの屍が積み上がっている。

この構図は今に変わらない。
日本の資本主義経済はこうして成立している。
でももういい。
社会に適応するのではなく社会を疑い変革していく、それが真に主体的なこれからの若者たちの生き方だ。
既存の枠を固めて行き詰まっている古い頭に従う必要はない。
今の適応主義は奴隷への道。
社畜という自虐的な言葉の意味するものはなにか。

とてもまじめになっていろいろ考えてしまった。
 
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夜中になったとは言え練習ができたのはありがたい。

土曜出勤で平日とは違った疲れを味わいながら帰宅。
夕食をとったあとで表に出る。

今日の練習
21:25~22:16 公園
慢架 1回
ろう膝拗歩、倒でん猴を繰り返し、前進後退の感覚と重心の位置を確かめながら行う。
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疲れない日はないと言ってもいい。
「感情労働」というのはけっこうこれできついものがあるのだ。
だから、太極拳で心を解放させている。
これで保たれている部分も確かにある。

今日の練習
22:50~23:27 公園
慢架 1回
昨日よりはだいぶマシだった。
ただ、ポツポツ落ち始めた雨が気にはなった。
将展未展を意識しているつもりが、気がつくと錯覚。
ちょっとはマシになっている分、うっかりすると手を抜くことがあるやもしらぬ。
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今日の練習
22:54~23:32 公園
慢架 1回
昨日一日練習しなかったので、どうもバランスが悪い。
そのくせ、いつの間にか寝ながら拳を打っていた。
要所要所は気をつけながら半分寝てるというのもある意味すごい。
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今日の練習
5:30~6:10 公園
慢架 1回
正しい形、それを追い求めるだけの練習がいかに険しい道か。
「だけ」というなかにその厳しさがある。
無駄をそぎ落とし、練り上げられた套路への敬意と熱意があって、この単調にも見える道行きが豊かな景色と楽しみに満ちたものであることが理解できてくる。たぶん。
そして、この道のりには師という水先案内人がどうしても必要だ。
道を間違えぬよう、また、間違った形を追わぬよう目を光らせてくれる存在があってこそ凡人であっても歩み続けられるのだ。

幸い、自分はここまでたどり着くことができた。
沈剛先生という無二の先生に出会えたことに感謝する。


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フランスはとりあえずルペンを選ばなかった。
流石だ。安倍を選んでしまった日本とはだいぶ違う。
いや、比較するのは失礼というものだろう。
それにしても、この国の政界、財界、あらゆる分野での劣化が著しい。
「今だけ 金だけ 自分だけ」の新自由主義的な考え方が、見事なまでに行き渡り、浸食している。
理想をこけにし、現実に追従することが大人であるかのような下向きスパイラルを突き進んできた。
その結果が、沖縄であり、福島であるのに、まだその「現実的」な考え方で突き進もうとする。
ついてけないから離脱したいくらいだが、地べたを離れては生きていけないと言うのがわが思想なので、この国に自分の生きる場所を失わないためにできる戦いを展開していかねばならぬ。生きねば。

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GW最後の一日は太極拳に捧げた(なんてな)。
教室があるから朝の練習はしなくてもいいかと考えてみたものの、せっかく朝の公園で練習できるならと考え直した。
とにかく今日は練習量が多い日だった。
ある意味幸せな日ではある。


今日の練習1
5:15~6:50 公園
慢架2回
八門五歩
ろう膝拗歩・倒でん猴

今日の練習2 
9:00~12:00 教室
講義
 将展未展 3本の直線 虚霊頂頸・含胸抜背・落跨垂臀
慢架
 指摘 搬攔捶・撇身捶のあとの右手左手の動き 
    上歩指擋捶のあと、一度下がってから上歩攬雀尾にはいる
    いずれも質問しようと思っていたところ
推手 

今日の練習 
18:10~50 公園
慢架 1回
教室のおさらい。
上歩に際しては、将展未展を求める。
専らこれを意識して確認しながら練習したので、わりとぶつ切れの練習になってしまった。でも、致し方ないのだと思う。今日の学習は今日のうちに身体で確認しておかないと明日にはもう忘れているに決まっているのだ。
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出勤の必要がないので(当たり前だ)先生の言う、練習に一番いい時間である6時前後に練習ができる。
本当は5時から7時くらいまでぶっ通しでやれれば一番いいのだが、そこは公園だ。
自分が利用するようにほかにも利用している人たちが大勢いる。
とくに毎日使うラジオ体操やら、太極拳やらの人たちの棲み分けというものがある。

自分が日ごろ練習しているポイントは、地面が平で石が少なく、四正の目印のとりやすい所、しかも視界が開けて圧迫感のないことなど、いろいろ注文の多いなかで最適な位置を選んでいる。
だが、そこは太極拳グループが練習している範囲にまともに重なってしまうので、さすがに遠慮しないわけには行かない。
だから、いつもラジオ体操の始まる前には一区切りつけている。

今日の練習 
5:24~6:53 公園 
慢架 2回 八門五歩
慢架を終えて八門五歩、時間としてはラジオ体操まであまり時間はないが、このまま終われない感じだったので、構わず2度目の慢架を始める。
三分の一くらい終わったとことでラジオ体操が始まったが、もうどうでもいいとそのまま敢行。ラジオ体操の人たちがむしろ戸惑ったかもしれない。

こちらは、気分としてはどうでもいいというか、この際もうお気楽にやっちゃえと、肩の力の抜けた不思議と楽しい感じでの慢架になった。

そうは言っても、ラジオ体操のあとには簡架二十四式太極拳の方々が毎朝20名ほどで練習しておられるので、さすがに縄張りを荒らしては申し訳ないので、さりげなく隅っこの東屋に移動してそこで続きをした。

朝の練習は気分のすがすがしさでは夜の比ではない。
また、季節も手伝っているが、木々の緑が本当にきれいだ。

練習のポイントは顧眄、四点六点、重心をとるためとは言え骨盤を左右に極力はみださせない。
単鞭や雲手のときの骨盤をしっかり固定する→腰椎の動きを少しでも導く。

明日の教室で質問したいのは、海底針のときの右腕、手先。
今まではスルーしてきた斜飛勢、横斜飛勢の六点について。

二週間ぶりだ。
周囲の景観もずいぶん変わっているだろう。

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朝、出遅れたため、すでにラジオ体操の人々が集まりつつある。

仕方ないので、邪魔にならなさそうな片隅に陣取る。
いっときよく使っていた、いちょうの樹のそばだが、いつもの場所の広がりがなく、なんとなくやりづらい。
そんな心持ちでやっていたら、やはり間違えたようで、途中から巻き戻して終わりまだたどり着いた。

ただ、どうにも気持ち悪いので、いつもの場所に移動してゆっくりと始める。

今日の練習
6:18~7:35 公園
慢架 2回
気持ちよく、スッキリした気分でおこなうのはなかなか難しいものだ。
集中できる場所や時間をよく選ばないといい練習ができないので、やはり早朝がいいのだろう。
でも、平日はそれが難しいのだ。

愚痴ばかり言っても仕方ない。

息は止めていないつもりだが、浅くなっているようなときがある。
もっとゆったりと、それでいて正しい動きと、スッキリとした意識で拳を打ちたい。
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朝はちょっとゆっくりしたくて、そしたら正午が近づき、この時間は套路を控えよと言われているので、さらに時を待ち、風も少しさまってきた夕刻に公園へ足を運ぶ。

すると東屋にて座る男ありけり。
傍らに袋をおきてなにやら書を繙きつる。
通りしなにふと目をやると、書の表見えにけり。
「範馬刃牙」となむありける。
けけ。
ここにもおるか、刃牙オタク。
あのマンガ、荒唐無稽でおもしろいけどね。
とうとう宮本武蔵までひっぱりだしやがってさ。ウケル。


今日の練習
17:45~18:38 公園
慢架 1回
ろう膝拗歩 倒でん猴
どちらも足を運ぶときに重心が身体の外側に乗ってしまいがちになる。
その行き過ぎを抑えて外側に出さない範囲に留め、なおかつ前傾姿勢になっていても踵に重心があるようにする。
これがとても難しくも面白いのだ。

それから、雲手の両腕の動かしかたが納得できた。
あれって腕は上下しかしていないのね。
それにともなって顧眄がはいるから腕を回しているようにみえてしまうだけ。
教室で質問したいことがあれこれと出てきた。
たのしみ。
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昨夜は職場の歓送迎会(この業界はこの時期が多い)に参加、二次会は新人と移動した同僚との3人で新たな関係を深めた。
実りの多い時間ではあった。
時間もほどほどだったのでダメージはない。

今日の練習
5:19~6:20 公園
八門五歩
慢架 1回
白鶴亮翅はやはり難しい。
仙骨と連動しがちな腰椎を何とか分離しようというのだから、簡単ではないのは自明のことだが、日ごろこうして練習をしていると、日常生活でも、今どうだったかと一瞬考える。
その、「考える」ことが身体を変える第一歩だと、自分では勝手にきめている。

練習をしていると、どこからか涼やかな香りが漂う。
藤の花も今が盛り、あとは萎れていくばかり。
ほんのいっとき一種幻想的な世界を垣間見させてくれる。
15年ほど前に、藤棚で有名なお寺に(東京都の境、所番地はギリギリ千葉だった。寺の名前は失念)足を運んだことがあったが、7,80センチにもなる藤の花房は圧巻だった。
それでも、以前は1メートルもあったと言うからさぞや夢のような光景だったことだろう。

あれほどの藤にはその後一度も出会っていない。
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目覚めたら6時。

急いで食事をとり一息ついたら両親が起きてきた。
「あんた何してんの?」
「いや、もうこんな時間だから、…俺は済ませたよ。」
「???」
「いい時間だろ?え???」
一時間時計を読み違えたのは自分だった。
歳はとりたくない。
ならばと着替えて公園へ。

今日の練習
5:46~6:27
慢架 1回
どちらかの肩が前に出すぎないように、四点・六点。
とまらずたゆまず。
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月が変わり、連休半ばの平日なのに、今日も職場を出たのが21時。
これではいい時間に、気持ちよく練習できるものではない。
一日の労働の疲れが身体に澱のようにたまり、どうも今ひとつということになりやすい。
やはり、それなりの時刻には帰宅していないと……。


今日の練習
22:47~23:29 公園
慢架 1回
帰宅が遅く、晩飯を軽く食べたあとそう時間をおかずに外に出たのだが、一つ忘れ物をした。
トイレである。
気温が下がったことも手伝ってか、薄ら寒い感じがしたので、トイレに行かずに始めてしまったことに気付く。
最後、上歩七星で限界。
断念してトイレへ。こんなことも珍しい。