夜の散歩をしていた流れで、いつも公園に行こうと言うことになり、妻と公園に行く。30分時間をもらい練習に入った。
今日の練習
20:30〜21:00 公園
八十八式 大起式のみ 10分
タントウ功 20分
練習のあと「前より重心が落ちた気がするよ」と妻に言われた。ここのところあまり膝は曲げずに腰も落とさずにしているのだが、それでもそう見えるらしい。「だけど、今日は肩が上がっていたね」これは、大起式で最初に耳の脇から掌を返しながら上に伸ばす時のことなのだが、自分自身、ここは肩を落としたまま手をあげるのか、肩甲骨ごと腕で耳を挟むくらいに上げるのかが、よく分かっていないところであることを白状。彼女は自分でやっていないわりには、けっこう鋭いことをいってくる。時々見てもらって、白紙の状態からの意見をもらうのもよいフィードバックになる。自分としては、先に述べた肩の上げ方を今度詳しく北京から帰った江口先生に聞いてみたい。
しぁいさん捨己従人を忘れてた!、ばんこうさんサークルウォーカー が今回一足早く北京から帰ってこられたので、李先生の元での練習のことがブログにもアップされるだろう。
追記
ちょっとネットを巡っていると、いつものページにこんな記事があった。内田樹(うちだ・たつる)の研究室
幸田文の、父露伴との家事についての一文『水』は、高校生だったか、いやいや中学校の3年くらいだったかに読んだことがある。「水という奴は手強い云々…」という台詞は、今でも記憶に残っている。しかし、関川夏央(『韓国の練習問題』でこの人を知って久しい)の名前があったので読み進んでみると「横隔膜を下げてやれ」なんて、そんなことを日常的に言われていたのかと驚く。また、「横隔膜」なんてものを明治の人間が家事をするのに意識して動かせたのかとも驚く。内田ブログはこんなところも面白い。
