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今日の教室は11:30で辞去した。
「Society5.0」こんな耳慣れない言葉に、それでも自分の守備エリアでもあったので、児美川孝一郎氏の話を聞くために法政大学まで行くことにした次第。
その分、いつもよちょっと早めにちろりん村に着き、慢架の練習を始めた。

今日の練習
8:45~11:30 教室
慢架の指導(他のメンバーの来る前に自分の動きを見てもらった)
単鞭の左手の扱いと開胯、断面との関係
雲手の断面
慢架
盤手

15分ほど早かったので早速慢架を始める。
先生が来る前にある程度進めた上でそこまでの動きで気になったところを質問しようと思っていた。
先生の目の前で慢架を見てもらうというのはなかなかできることではない。
他のメンバーがいればそんな個人的な時間は取れないのだから。
そう言う意味で、個人レッスンのような時間が持てることはとてもありがたい。
こう言っては何だが、メンバーが何らかの理由で来なければ、まるっと個人レッスンを受けられるのでこれはとても美味しいのだ。ご馳走様なのである。
同じことを説明するのでも、複数の前で話す言葉と、マンツーマンのときに先生の口から出る言葉は、当然のことながら微妙に違う。
それを聞き分けるのが醍醐味だ。
というわけで、今日もご馳走様でした。
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『写真は小さな声である』
水俣を撮り続け、チッソの五井工場での暴行がもとで命を縮め1975年に亡くなった写真家ユージン・スミスの番組を見た。
もう30年も前だろうか、品川で『○○の水俣展』とか言うタイトルでの催しがあり、友人を見に行った。
たぶん一人で行ったのではなかったと思う。
そのなかの「智子とその母」という一枚が、鮮烈に記憶に残った。
初めて、人の姿を美しいと思った。
モノクロの、漁村で生きてきた逞しくすらある肩をした母親が胎児性水俣病を患い細くこわばった娘の身体を湯船の中で抱いているその写真は、見ていて胸が締め付けられる思いがした。
そして美しいと思った。
あの時に見た写真の数々がテレビの画面に映し出されていた。
終わってなどいない。
あの写真の娘さんが65歳になった今も、転倒して怪我をしないようにヘッドギアをつけて生活している。
忘れてなるものか。
石牟礼道子の『苦海浄土(くがいじょうど)』の仕事もしっかりと読まねば。
この国の、戦前から続くこの国の恥部を見すえねば。

今日の練習
21:24~22:19 公園
太極刀 3回
慢架 1回
刀はとにかく堅くならずに動こうと。
慢架は十零を始めから終わりまで意識してやった。
バランスを失って後ろによろけてしまうことが数度あった。
力を抜く、重くならない、前傾、などなど。
このところ酷かった足の痛みはいくぶん和らいだ。
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思えば、2002年に体調を崩し、そこからの回復過程で身体と言葉、そして心への関心をますます強めていき、まずは身体へのアプローチとして2003年から太極拳、そしてその8月に甲野善紀さんからのご縁で馬貴派八卦掌にであった。

自分にとって、やはりこの中国武術は特別なものだった。
思い入れも、思い出も格別だ。特にはじめの一年間くらいは無邪気にと言うか純粋にというか、子どものように楽しくて仕方なかった。李先生の教室(講習会)の雰囲気も大好きだったし、講習会までの間の一人練習も楽しかった。

この武術のおかげで、どれほど励まされ、また勇気づけられたことだろう。
だから、今でも馬貴派八卦掌は憧れの武術だし、またいつか機会があったら学んでみたいと思っている。

だが、もうじき一年になる右足首の手術とその後の回復をみつにつけ、走圏を基本とする馬貴派八卦掌を続けることは残念ながら諦めざるを得ない。
掌友会の退会は会に所属しての練習を諦めた結果だし、個人の練習としても、この素朴で力強い流派は今の自分の身体には無理があると感じる。

だから、当面の間の練習でも、馬貴派八卦掌は封印する。
気がつけば、つい牛舌掌の形を作ってしまう癖も何とかなおそうとおもう。
八卦の動きの癖を一度身体から抜いて、丁寧に身体を整え直そうと思うのだ。

このブログのタイトルも替え時だろうか。 続きを読む
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母方の祖父、亥の甫は昭和49年7月2日が命日である。
自分が小学校の修学旅行から戻った晩にその人生を閉じた。
あの日のことは、まるで昨日のことのように覚えている。

母がかかりつけの医者の電話をかけ、「いま終わりました」と伝えていた。
その日の往診で、もういつ逝ってもおかしくはないといわれていたそうだが、自分の帰りを待ってくれていたかのような最期だった。

その祖父から、生前譲り受けたものがある。
「これはな、白金だぞ。60年前に買ったものだが、おまえにやるからな。」
彼が若い頃、行きの船賃だけ持たされてアメリカに出され、いろいろな仕事をこなしながら稼いだ金で手に入れたものなのだろう。
ガラスのふたがパカッとあがる仕組みの長四角のしゃれた腕時計だった。
あれから40年。つまりその腕時計は100年の歳月を経たことになる。

14,5年ほど前に、壊れて動かなくなっていたのを、久我山の時計屋に持ち込んで、折れていた天心を作り直してもらい、再び時を刻み始めたのだ。
「これはウォルサム製の、おそらく今、日本に10個くらいしかないのもですよ。この時計なら私、10万出して買いますよ。それくらいの価値はある。状態もいい。」いっしょにオーバーホールしてもらったセイコーのクォーツタイプⅡともども、「昔のものはしっかり作ってありますね。」とほめてくれた。

だからどうということじゃなく、ふと思い出したので。

今日の練習
22:12~23:02 室内
丹田功
大起式
肩ほぐし
股関節ほぐし

それにしてもたいそう暑かった。
過去形で言えないか。
暑いというより、熱い。
身体も気持ちもおかしくなりそうだ。

本当に、気候変動による異常気象はその影響が予想を遙かに上回って、いま、人間に牙を剥いている。
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イギリスがEU脱退、後押ししたのは感情的な乗りでの後先考えない投票。

まるで、ある時期の大阪のようだ。
バッシングの対象を示され、自分ではないものを標的に一斉に石を投げる。

その結果、なにが成果として残ったのか、まともな検証すらされないまま、煽り役はとっとと舞台を降りてしまった。

検証もせず、まともな議論も論戦も展開せず、判断材料もないまま、またも判断保留の選挙というわけにはいかない。
現政権の暴走にブレーキをかけなければ、将来に禍根を残す。
いや、要は子どもが生きていける健全な社会をつくりあげる義務が、われわれにはあるということだ。

今日の練習
5:55~6:15 室内
股関節ほぐし
22:20~50 室内
丹田功
肩甲骨ほぐし

このところ毎週土曜日に出勤して、やり残しを片付けているのだが、職場同様の同僚の姿が決して少なくない。
この業界も、ブラックだなぁとつくづく思う。
こちらのほうにも歯止めをかけないと、我々職員もお客さんも不幸だ。