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風もなく、陽が強すぎもせず、暑くも寒くもない。
ぜいたくな条件で練習ができた。

今日の練習
9:00~12:00 教室
太極刀
慢架
盤手 

今日は刀も慢架も始める前の質問が多く、まさしく“研究会”という感じだった。
自分は刀についての質問をいくつかしたが、刀を突き出すときは水平であることが基本。
また、腰椎の動きが腕を導くことや、それが刀の先端に通っているようにということが確認された。
まずは、腰椎から動くこと(これは慢架と同じだが)を徹底していこうと思う。
そして、刃を返してから斜め上方へというおおらかな動きもみせていただいたので、今後の練習でくり返すメニューになる。
慢架は下勢の手と腕、その形と高さ、前傾するときに初めて腕の動きが出ることなども確認させてもらった。
曖昧な部分が明らかになると目当てがはっきりして気持ちいい。
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何年ぶりかで自宅の障子を張り替えた。
厳密に言うと張り替えを手伝った。
去年までは何とか父親が母を手伝って二人で張り替えていたが、父の症状の悪化と家の手直しとで手一杯になり、みっともない話しだが黄ばんだままの障子でごまかしていた。
ここへきてようやく手をつけた次第。
やってしまえば何という手間でもないのだが、取りかかるまでが億劫なのだ。
糊を溶いて、刷毛を使って桟につけていく。
こうした手仕事は昔はどこの家でも日常的に行っていた。
だから、どの家庭にでもさまざまな道具があったのだ。
鋸も金槌もない。鑿や鉋など望べくもないのだろう。
そのうちに包丁もまな板もない、そんな家庭が出てくるのかもしれない。

なんだか我々はどんどん退化していくように思えてならない。

そんなこんなで
今日の練習
20:30~21:30 公園
太極刀 3回
慢架 1回
刀をえらく丁寧にやってしまった。
3回で25分もかかるとは。
雑に動きたくなかったのと、曖昧なところを探りたかったので。
何カ所か気になるところが出てきたので、これは明日の質問事項。

練習後に、手がとても温かくなっているのに気づいた。
慢架もまあ、安定した動きにはなっていた。
三日続けると調子がよくなる。
家に戻って血圧計を使うと、練習後約20分で脈拍57/min
面白いものだ。
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帰宅できるのは実に何というか、気持ち悪い、落ち着かない、フワフワするその他いろいろ。
でも、本当はこれが人間的な生活なんじゃないかと思う。
8時間労働制は、人間社会のたどり着いた大切な到達点だ。
地域社会の維持には陽のある時間に地域で生活しているものが必要だ。
自分の子どもを虐待しないで育てるためには、気持ちのゆとりと時間のゆとり、それをささえる経済的なゆとりが不可欠だ。
次の社会を支えるしっかりした市民を育て、社会の担い手として供給しなくては、社会そのものが存続しない。
いくらグローバル企業が栄えたとしても、社会そのものが衰退していけば企業ももうけを出せないのだから、人が人らしく生活できるように還元しないと。

なん、いきなりいなないてしまった。

時間外労働にへろへろな自分の、
今日の練習
21:08~22:08 公園

太極刀 3回
慢架 1回

慢架の片脚立ちが、けっこうぐらつく。
右足の不安が大きいと思う。
今日痛んだのは踝の外側のあたりだが、内側からも痛みを感じた。
どうもわけが分からない。

甘酒も仕込んだし、今日はこれで寝よう。
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忙しくて(疲れて)どうにも練習をする気になれない、そんなことがこのところ多い。
そして、それでも今日は何とかできそうだとやってはみたものの、何とも言いようがない。実に酷かった。

今日の練習
21:31~23:02 公園
太極刀 3回
慢架
なんと、慢架が終わりまでいかない。
一度ならずも二度までも。
間違えるのではなく、ふと次は何だっけと考えてしまう。
すると、もう何を続けていいのかが分からなくなる。止まる。
或いは、とばしてしまった結果、流れがおかしいと気づいても、どこをどうやっているのかがわからないのではどうしようもない。

こんなわけの分からない練習は初めてだ。

今まで思ったことはなかったが、こんなことなら練習をしなければよかったと、臍をかんでいる。
まったくひどいもんだ。
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公園の欅が、やはり汚い姿をさらしている。
こういう表現はイヤなのだが、あの台風の影響で傷んだ枝葉がその痛手を回復できないままこの季節を終えようとしている。
細やかな枝先を高くなった空に伸ばしている欅の姿、冬の夕暮れ空にかかるシルエットが幼い頃の記憶に残っている。
3つ4つの当時は何も意識していなかったが、その頃から欅は自分のなかに根を張っていたのだろう。
それだけに、今年の姿は心に痛い。
 
今日の練習
9:00~12:00 教室
太極刀
慢架
盤手

下勢は低く練習する必要はない。
それで足首に負担がかかっては元も子もないのだ。
また、ここが難しいところだが、できないものを無理してやってはいけない、という考え。
低さを優先して基本が崩れれば意味がない。
正しい形をくり返すうちに下がるものは自然と下がる。下げてはいけない。
自動詞でいけ、ということだろう。
「腰を落とす」というように「身体」を操作する対象として他動詞で捉えるのではない。
「落ちる」「伸びる」「曲がる」というような自動詞的な表現を中国武術の指導では耳にした覚えがある。
焦らず、そのように「なる」のを待ちながら、気長に練習するのみなのだろう。

軽く動く。
言葉ではいくらでも言えるが、実際には到底できない。
まずは緩むことだと言う。
その一歩は、脇腹を緩めることいや、脇腹が緩むこと。
腹筋は背筋はあとまわしというか、脇腹がゆるまないとそちらは緩んでこないそうだ。
腕も脚も、重力にぎりぎり逆らうというか、かろうじて上がっているという具合で上げ下げするのが望ましい。

目は眠ったように半分でボーッと。

記憶をたよりに記す。