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カレンダーには今日が満月であると印が付いている。
が、空は雲に覆われて星一つも見えない。
満月の明るさも雲を薄ぼんやりと白ませることすらない。

この梅雨空にはどうしようもない。
日中は日も出てよい感じだったが、またこれでしばらく太陽なし。
野菜が育たず、稲の生育にも影響が出るだろう。
分蘖が進んでいるか心配だ。

で、今日の練習
22:20~55 公園
慢架 1回
風がほどよく吹いていたので虫除けのクリームは塗らないまま始めたのだが、気がつけば小さなヤブ蚊が手首に、指にとたかっている。
小さいためにたかられてもわかりにくい。
羽音も「チィ~~ィ」っと蚊なんだかわかりにくい絶え絶えなか細さ。
なかなか感知できないままちょこっとやられた。
見過ごせないので持って行ったハッカクリームを塗る。
効果は覿面で、そのあと近寄ってこなかった。

練習としては、右足首に若干の違和感があるので、極力力を入れない、気張ってしまわないと思ってやっていたのだが、それでもどこかしらに力みがあったようだ。

気持ちよく、落ち着いた環境というのは練習の質に関わる。
そのためには努力が必要だ。それなりの。
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油断するといつ降り出すか分からない。
このごろはそんな天候が続いている。
今日も危なかったが、頭上に広がる桜の枝葉が雨をしのいでくれた。

今日の練習
20:37~21:09 公園
慢架 1回
単鞭のときに腰椎だけで動けていないためだろう、左開胯のまえにすでに足首に負担がかかっていた。
もっと軽く、もっと確実に骨盤を固定していかねば。

ここしばら手に入らなかった麹がとどいた。
明日は久しぶりに甘酒を持っての出勤となる。
あは。
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先週叱った子どもの姿が見えない。
静かで落ち着いた空間と言えば聞こえはいいが、静まりかえっているのがいいともいえない。
子どもも大人も誰でも自由にいられる場所が公民館だ。
そこには子どもの声も響いていいし、年寄りの笑いがあってもいい。
あの子らの場所でもあるのだ。

今日の練習
9:00~12:00 教室
講義 太極の意
先生によると、「各関節が筋肉のゆるみによって解放され、自然に動いて、更に相手の動きについて行けること」だという。
動くときは、骨格が筋肉から解放されて自らの重みで倒れていくような感じとも。
身体の中の気は大薬 我が足の古傷もそうやって治せるとよい。
八門五歩
慢架
盤手

修正
ろう膝拗歩:掌は自分のほうに5~10度か傾く。
顔の横から出す手の回転はもっと早めに(顔の前ではすでに回転し始めている)
金鶏独立:下の腕はもっと高く、足が上がるにつれて肩を緩め腕が身体に寄る。
上歩七星:腕の交差は肘を絞り込んでいるために掌が立つ。
また、左手は小指右手親指の付け根のくぼみにかかるくらい。
そこから肘が広がるつれて掌が下を向く。
右脚は後ろに引かず、むしろ南寄りに。

子どもらのことが気にはなったが、練習に没頭するとあっという間に時間が過ぎる。
楽しい時間ではあった。
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実に久々の朝練。
独特の気持ちよさがある。

今日の練習
5:29~6:09 公園
慢架 1回
飛ばしてしまったことに気づき、途中から復帰。
そのぶん40分かかってしまった。
斜ろう膝拗歩なのに西を向いて単鞭をせず、南を向いてしまったために堂々巡りになって、はて?何か違うぞと。
この間違いは前にもやったことがある。
身体を変えたければ、やはり毎日続けねば。
当然のことながら、実践することの難しさよ。
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一日中雨だというので、公民館を使用しての教室となった。

今日の練習
9:00~12:00 教室
講義 慢架の価値と意味 何のための慢架か
質問 扇通背の動きから翻身搬攔捶・翻身撇身捶
慢架
盤手

扇通背:右手は頭上、前に出さない。掌は南に向ける。
    両腕は開きながら止まらずに(左手と右手は斜め一直線)
    拳はしっかり握る。目は南を見る。
    
公民館のロビーにいた小学生と思しき子どもが気になった。
家庭で大切にされていないように感じられる。
利用の仕方が悪く、職員の女性の言葉に耳も課さずにテーブルに靴のまま足をのせているのを叱ったが、叱られてことで居場所を奪われたと感じてほしくない。
「よく来たね」と、職員から声をかけられ、安心していられる場所として公共施設に顔を出していてほしい。
 
練習後も特に一人の子どものことが気に掛かる。
ネグレクトが疑われるのだ。